November 24
締め日前後の9勤を昨日終え、ようやく休みがやってきた。
今日から来週月曜までは飛び石で休みが続き、
そのあとはまた勤務が続くという変則シフトである。
極端に言うと今しか休めないのでまとめて休んどく、という感じ。
新しい店長は10月末に辞令が出たものの
もといた店の引継ぎやら引越しやらなんやらで
なかなかすぐこの店には来ていただけなくて、
ようやく着任された11月8日以降も
直接前任の店長と業務を引き継げていなかったり、
あるはずの書類やデータがなかなか見つからなかったりして
店長として仕事をする以前の段階で非常に慌しくされている。
おまけに退職が決まったKさんの後任人事は進んでいなくて
店長がKさんにお願いして
1ヶ月退職日を延期してもらってしのいでいる。
先輩の退職に向けて引継ぎを始めた8月末からこちら、
ほんとうに気の休まるときがなく
職場のことにエネルギーを使うので、
日々の夕食メニューを考えるのがとにかく億劫になる。
家族がいるので作らないわけにはいかない、
というのがまだ救いで
なんとかまわらぬ頭で考えて作ってはいるのだが
時間の制約と思い通りに買物ができないので
材料が中途半端だったりして
食卓には同じようなものばかり並んで家族に申し訳ない。
どうも私はほかに気がいくと「食べる」ことが苦手になる。
何を食べるか、またはこれを食べたいかどうかを判断するのが
とっても面倒くさくなって食べないほうがラクなのである。
おいしいものを食べるのは大好きなんだけど、
そないにうまいことおいしそうなものが目の前に出てくるわけもない。
自分が食べたくて作るわけではない昨今、
できあがった夕食も体を維持するため、倒れないためだけに食べる。
もちろん食べてるときはそこそこおいしいと思ってはいるのだけど、
次はあれを作ろう、とか、
これも食べたい、というような意欲にはつながらず
作るも食べるもなんか義務感満載なので
上記のようなことになるのである。
ちなみに今私が自分で作るなかで
いちばんおいしいと思って食べているのは
「小松菜の卵とじ煮物」であり、これだけは毎日でもおいしいと思う。
先日高校へお手伝いに行くときに久しぶりに穿いたジーンズ、
‥なんか穿き心地がちがう。ずれる気がする。
ちょっと股上が浅めやからかなぁ、こんなやったっけ、
でも以前はそんなことなかったよなぁ。
それがきっかけでいろんなものが頭の中で合致する。
気温が低くなってきて、夏冬兼用の薄い制服では冷えると
早々に靴下とタイツを重ねている私、
昨年同じ時期に履いていた靴が今年はゆるいのも気になっていた。
私、縮んでる。
身長148㎝あるかないかの超小柄な私。
若い頃から太ったりやせたりし、
子どもを産んでまた太ったりやせたり
15㎏ぐらいの幅で増減を繰り返していた過去。
ここんとこ10年くらいは健康体重でほぼ安定していたのだけど
今、これまでの生涯で
最軽量ラインに近いところまでいってしまっている。
お腹周りが縮んでジーンズがゆるくなり、
足の甲が低くなったのか足周りが縮んだか
靴の中での足のおさまりがわるくなってるんやなこれは。
確かに手首をつかんでみてもしっかり指がまわるし
歯磨きすると頬が歯ブラシの形に飛び出す。
我が家には体脂肪計はないので
姉の家に行って測ってみたいくらいである。 ←行かないけど
こらあかん、今の服や靴が合わなくなると困る!
↑ 身体の維持より先にそっちかいな
これ以上小さいサイズになると買うのが非常に困難になるんやもん。
先月はある日左目のまぶたが腫れてプチお岩になってて、
↑ ちょうど仕事休みの日でよかった
腫れが引いたあとはその部分がかさかさになってなかなか治りきらんかった。
今のままの食生活では身体がもたん、という警告かもしれんな、
と思いはじめた今月初旬、なにをどう改善しようかと思っていたが、
ちょうど季節が秋冬の果物シーズンに突入。
毎年和歌山の契約農家さんで購入するみかんを毎日2個、
青森の契約農家さんで購入するりんごを毎日1/4個、
我が家の裏庭の柿も今年は大玉で豊作である。
それに加えて朝食にバナナを食べる毎日を過ごしていたら
とりあえずまぶたは治ったようだし風邪も引いてない。
お向かいの奥様が時折採れたての大根をくださるのも
とてもありがたく大鍋で炊いて家族であっという間に食べる。
やはり季節の果物や野菜にはチカラがあるなぁ。
娘息子とも学校ではインフルエンザで
学級閉鎖や学年閉鎖の措置がとられているが
我が家では誰も発症していないのがそれを実証している。
体調は悪くないものの、縮んでるのはやっぱり困る。
数年前通販でウールとレーヨン混の冬物パンツを購入した。
先日高校へ穿いて行ったジーンズよりさらに股上が浅く、
おまけに私にはちょっと大きいかな、というサイズしかない。
しかしデザインに加えて価格がとても魅力だったので
「まぁ穿けるやろ」と軽い気持ちで購入。
私は腰が張っていない体形なのでローライズはどうもずれるのだけど、
このパンツは太ももまでゆるくて
買った直後はファスナーを閉めたまま脱ぎ穿きできるほど。
返品するか、と思ったけど素材がウール混、
一か八かで温水で手荒に洗ってみたら見事に縮んで穿けるように。
‥とそういう過去を持つパンツも今はやっぱりゆるい。
昨冬は通勤にずっと穿いてたのにな。
これしかないから仕方なく穿いてるけど
どうもみっともない姿である。
友人に「足周りが縮んで靴がゆるい」という話をしたら
そんなはずはない!と一笑に付されてしまった。
そういえば彼女は私とは逆に幅広甲高で靴に困るタイプ。
‥言う相手を間違えたな。
November 05
現在プロパンガスと電気併用の我が家。
このあたりは都市ガスも来ていないし今後の予定もなく、
新築の家はオール電化にするつもり。
オール電化に賛否両論あるのは承知しているが、
昨今のプロパンガス料金の変動や、
ガスの将来を考えるとあえてガスを選ぶこともないかと。
どちらにしてもいろんな視点で見ると
それぞれメリット・デメリットがあるのだから、
「良い・悪い」ではない選択で電気に。
で、台所はIHクッキングヒーターとなる。
我が家の鍋を見てみるとIHでも使えるのは2個だけ。
それも普段使っている中では1個しかない。
もうひとつは形が使いにくくてほとんど使ってないから
IHになったからといって今後活躍するとは思われへん代物。
お気に入りの中華鍋は鉄製で素材は大丈夫だけど
底の平らな部分が小さいのできっとダメ。
真夏以外は大活躍で冬は毎日使う土鍋もダメ。
カレー用の煮込み鍋も、
さらに大きなおでん用の26㎝の深鍋もダメ。
もちろん毎日使っているゆきひら鍋もダメ。
‥鍋、買わなあかんなぁ。
おでん用の巨大な鍋は急がないけど、
ゆきひら鍋と中華鍋とフライパンと、
それから私はやかんを普段使わないので
お湯沸かす鍋も要るのよね。
唯一「使える」鍋は麦茶専用なのでそれはそのまま麦茶用。
子どもたちが「大人の量」を食べるようになって
一回に作る分量が多い今は
やっぱり大きめのカレー鍋もほしいしなぁ。
ということで、
最近パソコンでIH用の鍋フライパンの情報ばかり見ている。
勤務先のスーパーでもIH対応の鍋を置いてるし、
けっこうお安いのだけれど、
今回は「間に合わせ」じゃなくて「一生もの」を買いたいので
いろいろ調べてじっくり検討しているのである。
参考にしているのが
愛知県豊橋市にある料理道具専門店「TAKATSU:タカツ」
が運営しているサイト「フライパン倶楽部」。
200V電化鍋というカテゴリーでまとめられていて
その中でメーカー・種類別に選べるので見やすく、
使用者の声がたくさん掲載されてるので
それぞれの鍋の使い勝手や違いもわかる。
最初は「通販生活」で見た「クリステル(フランス製)」の
Lシリーズの蓋の形状が非常に気に入って ←蓋だけ
お高いけど買おうかな‥と思っていた。
我が家の「麦茶用」と「お湯を沸かす用」鍋は
どちらも18㎝の片手鍋で蓋がフラットな形状。
つまみが上に飛び出していないので
蓋をしたままの鍋の上に鍋をもうひとつ、
とかざるに入れた食器を、とか重ねて置けるのである。
夕食後洗ってざっと水を切った食器を金属製のざるに入れ、
蓋をした、作りたての麦茶の鍋の上に置く。
下の鍋からの熱を利用した食器乾燥機、というわけである。
けっこうすぐ乾くので気に入ってるし、
こういう鍋がないと食器が乾かせないじゃない(笑。
でもクリステルは鍋底の形状が鋭角で洗いにくいかな。
「洗いにくい」は面倒くさがりの私には大きなマイナス、
普段使っていない鍋はたいがい「洗いにくい」からなのだ。
フライパン倶楽部に掲載のいろんな鍋を見ていて、
クリステルと比較検討した結果‥とか、
クリステルの使いにくさを解消‥
という内容の使用者の声に気持ちが傾いているのが
宮崎製作所の「十得鍋」である。
十得鍋は鍋のふちを広くしただけの一体型持ち手と、
クリステル同様取り外し式のハンドルがあって
両手鍋にも片手鍋にもなるので使い勝手もよさそう。
なにより鍋底のカーブがゆるやかで、
くるくるっとボウルのように洗えそうなのが気に入った。
日本製だしクリステルの半額以下というお値段も◎。
クリステルの深鍋18㎝・20㎝ふたつと取っ手購入分で、
十得鍋16㎝・18㎝・20㎝のセットに加えて
土鍋がわりの25㎝の浅鍋、
同じくフライパン倶楽部で見つけた鉄の中華鍋と
別メーカーのゆきひら鍋の6点買えるくらい価格差がある。
やっぱり私にはクリステルは買えないわ(苦笑。
こんなことを考えながら
「今ある鍋リスト」と「買いたい鍋リスト」を
エクセルで作って横に並べて見比べて、
最低限今と同じことができるだけの鍋を検討中。
私は自宅にずっと住み続けているので
結婚するときに家具も家電も食器も鍋も、
ほぼ何も買う必要がなかった。
そういえば姉は鍋やら食器やら家電やら家具やら
いろいろ持って嫁に行ったっけ、
こういう作業は「嫁に行く」ときに自分が、
または母親が、もしくは一緒にするもんなんやな、きっと。
実家をはなれてひとり暮らしという経験もない私には、
遅れてその機会がやってきた、ということで
仕事や家事から解放された時間を、
鍋ばかり見て過ごしている。
今回の新築でも家具も家電もできるだけ今のを使う。
工務店の友人が絶賛していた踏み台つきの
キッチンとおそろいのカップボードは買わないで、
古くさい食器棚を使い続けるつもりだし、
キッチンやユニットバスは
価格帯が決まってくるので選びようがない。
玄関引き戸もおしゃれなのはすごいお値段で、
カタログを見てもあんまり楽しくなかったけど、
鍋くらいならそこそこほしいものに手が届く、
ほしいものを選べるから楽しめる、のかな。
困るのがIHは「あぶる」ができないということ。
トマトの皮をむくには湯むきよりも
直火であぶるほうが手っ取り早くてラクだったし、
食パンも自分の分1枚なら金串に刺して直火で。
それって今後はカセットコンロ出さなきゃならんの?
面倒くさがりの私、毎回カセットコンロを出すとは思えない。
「そのとき」の私がどう判断するか楽しみでもある。

October 28
職場で「年末に向けてレジ担当者の増員を」と
先日採用したかたの履歴書と、
私の手書きの書類を重ねて置いていて、
次に手に取ったときにあれ?と不思議な気持ちになった。
うわぁこのひと、私とそっくりな字を書く。
これまでの数々の職場も含めて、
いろんなかたの書く文字を見てきたが、
はねやはらい、線の感じ・文字の大きさ・バランスに
それぞれ個性があってとても興味深い。
きれいな字を書く人も、同じようにきれいなのではなく
その人ごとに違ったきれいさがあるものだし、
お習字的に美しくなくても読みやすい字や、
お上手すぎて読みづらい場合もあったりする。
しかしここまで私とよく似た字を書く人に、
いままで出会ったことがない。
夏の高校野球で同じ苗字の選手を見つけたのと同様
非常に親近感が湧く。
まだ会ったことがない人なのに。
私は「自称文筆業」として、
文章には人柄が出る、と思っているが、
同じように文字にも「その人」があらわれる場合があると思っている。
小学校2年から中学3年まで毎週お習字の稽古に行き、
その結果小中学生の部で準5段まで昇進した私。
高校の書道の授業でペン字検定2級も取得してはいるものの
その頃の文字は今の自分が見るととても「へたくそ」。
硬い、神経質に右上がりに傾いている縦長な文字である。
幼い頃から20代半ばまでコンプレックスに悩み、
「自分」というものに手を焼いてきた頃の私そのものやん。
中学3年の2学期に転校してきたMちゃんという同級生がいて
やわらかい線の非常にバランスのよい文字を書くMちゃんに
私はあこがれた。
こんな字を書きたい!と強く思った。
同じ高校に進み、卒業後彼女は進学・私は就職と離れたものの、
途切れない程度に付き合いは続き、
足の手術の後リハビリを兼ねて電車通勤した職場は
Mちゃんの誘いによるものだった。
そこでふたたび変わらないMちゃんの字を目にする。
なんというか、懐が広いというかのびやかなのである。
長年通ったお習字の先生は、
それは美しい文字をお書きになり、
もちろん私もそうありたいと思っていたのだが、
いくら通っても当時の私には先生のような文字は書けなかった。
Mちゃんの字は私のお習字の先生とは少し違ったタイプ。
たとえばひらがなの「お」の曲線に特徴があり、
独特のリズムが感じられる。
やっぱり私もこんな字が書きたい!
私はMちゃんの「お」を真似てみた。
何度も書くとなんとなくMちゃんぽくなってきた。
そうか、このリズムか‥ちょっとわかってきたぞ。
私が今書いている文字につながる
「なんとなくこのリズム」をつかんだその時期は、
いろんな意味でものの見方や
考え方が変わっていった時期と重なっていて、
「自分」というものがあってはじめて「自分の字」も
思うような形になるのか、と今では思う。
神経質な右上がりで安定感のない字を書いている頃は、
私自身がそうだったのだ。
いくら先生が美しいお手本を書いてくださっても、
それは当時の私には響かない。
受け入れる体制や、
それを自分で表現する力がない時期だったのだ。
コンプレックスから解放されたと自分で認識した後は、
「この文字がお習字習ってるときに書けたら‥」
と思うくらい、右に上がらなくなり、広がりが出た。
本当に不思議なもので、
そのきっかけをくれたMちゃんの存在に感謝感謝。
職場で手書きの書類や伝言メモなどを見た人が
字がきれいだとほめてくださるとき、
たいがいの場合、「自分は字が下手なのでうらやましい」
という気持ちが添付されているように思う。
私はありがたいことに、裕福ではなかったのにもかかわらず
両親が「お習字」に月謝を払い続けてくれた。
字がきれい、とほめられると必ず、
「両親がそれにお金をかけてくれたので」と答えて、
否定したり謙遜したりしないことにしている。
でも私から見ると
その「自分は下手」と思ってるひとの字は
私よりおおらかだったりするので、
そんなお習字的な自己評価はしなくていいのに、
と残念に思うことが多いのよね。
確かに習っていたことがベースになってのことだけど、
実際に今の文字を書けるようになったのは
「自分教の教祖」になって
自己コントロールができるようになったからだと思う。
自分が「自分」に納得しているから、今の文字が書ける。
私はそれが「文字」や「文章」にあらわれるタイプの人間なのだ。
そして文字にあらわれないタイプのかたは、
きっと他の部分で「ご自分」を表現してるにちがいない。
それは音楽だったり、絵だったり、
お料理や家事だったり、育児だったり
ご近所づきあいだったり、社会的な活動だったり。
そういえば中学や高校の頃は「まる字」が流行ってて、
私も「お習字の字」と「学生っぽいまる字」の2本立てだった。
今も筆記具の種類によって使い分けている。
勤務先の高校生アルバイトも、へたうまあり、お習字系あり、
素朴な子どもらしい字ありといろいろで
その子の雰囲気と重ねて見るとなかなか微笑ましい。
私のお習字の先生はお行儀とか生活態度にも厳しく、
習ってる子どもたちからはちょっと怖い存在だと思われていたが、
硯や半紙に向かう気持ちを通して私たちを育ててくれていたな、
というのが今はすごくよくわかる。
今なら、きちんと習ったら先生のような字が書けるのかな。
‥今は習わないけど、老後の楽しみにするか。
October 27
9勤が終わってやれやれ‥やっと休みの日曜日。
土曜日にしそびれた夫の作業着に加え
娘が部屋を片付けて出てきた大量の洗濯物に追われながら、
やっとかなあかんこと・行っとかなあかんところを
頭の中で整理して段取りする。
え~っとまず北向いてパンの買出しに行って、
帰りに隣町へ足伸ばして花を買って、
パンを家におろして両親の墓参りに行って、
そこから逆方向のショッピングセンターに行って‥
夫と、最後のショッピングセンターに行きたいだけの息子も
最初のパン屋さんから同行。
娘は出かけちゃったし、息子もそのうち一緒に来なくなるのかな。
まずパン屋さん。
いつも行くところが大規模リニューアルして
オープン3日目、ということもありけっこうな混み具合。
人の間をぬってお得なアウトレット品
(製造後の経過時間によって価格が↓)をゲットし、
隣にできたお菓子のショップをちらっとのぞく。
ロールケーキやチーズケーキといった
シンプルな焼き菓子が並んでるのは
生クリームが苦手な息子のいる我が家向きかも。
また今度買おうっと。
さらに横手にはホットドッグ屋さんもある。
これまでなかったポイントカードまでできてるし、
早速申し込んだら粗品は人気商品のあんぱん2種。
ラッキー、といただいて、
車で延々と待っている夫のもとへ。
あ、いちおう「混んでるから時間かかるよ」と言ってあったし、
混んでる店はキライなので夫は自主的に待機してたんやで。
そしてお花を買って墓参り。
10月10日の母の命日は祭の最中で、
祭に参加しない息子とふたりでお参りしたのだが、
その後も気温20度くらいの日が続いていたせいか、
花がすっかりダメになっている。
子どもの頃10月5日・6日だった祭が、
祝日のからむ10月9日・10日に変更されたのはいつだったっけ。
母が亡くなった30年前は
鉦や太鼓・笛の鳴り物をやめ、掛け声もなく、
しんみりとそおっと通ってくれていた。
今祭の日程は10月の第2土日となっている。
今年はちょうど10日が土曜日で
もちろん景気よく鳴り物を響かせて
うちの前を走り抜けていったのだが、
やはり祭がやってくると座敷に横たわる母を思い出す。
そのあと南へ向けて車を走らせる(夫が)。
私は流れたハンコのかわりを早く買いたいので
100円ショップに行きたい。
息子は先日壊れたジグソーパズルを見て
「僕も作ってみたいからこづかいで買う」。
で、どちらも調達できそうなところは
家から別方向で同じくらいの距離のところに2ヶ所あり、
今回は「しばらく行ってないほう」をチョイス。
夫は特に用事はないけど
こうして「休日に家族でおでかけ」するのが好きなのだ。
「しばらく行ってないほう」のショッピングセンターは
少し前に改装されてて、
夫は「へぇ~こんなになったんか」ときょろきょろする。
まず私のハンコ‥さてここにはあるかな。
シャチハタなら「お取り寄せ」で日にちがかかるので、
100円ショップのほうが手っ取り早いのだが、
私の苗字はどのショップにも必ずあるわけではなくて、
先日「そのために」わざわざ行った別のショップではなかった。
そこは同じくハンコで苦労されてる友人の、
大手100円ショップで取扱いのない苗字があって、
思わず2本買いしたくらいなのできっとあると思ったのに。
あ、ここはあった、買おう。
ほんとは2本ほしいんやけど、1本しかない。
でもまぁいいや。後日買い足すことにしよ。
で、次は息子のジグソーパズル。
先日落ちてプラ板が壊れたのは1000ピースで、
独身時代に夫が買って取り組んだものの、
すぐに飽きてやらなくなったので
私が彼の部屋に通って完成させた苦い思い出付き。
今の息子には500でも大変かもしれんけど、
300じゃつまんないでしょ、と500ピースに。
私がハンコを探してる間に隣の書店で好きなコミックも買って
けっこうな額のお金を使ったけどご満悦の息子。
私はとりあえずハンコが手に入ったので用事はおしまい。
ここでスッと帰宅すれば家計の出費は105円ですんでたのだが、
ちょうどその日は「ミスド100円セール実施中」。
ついでになにか夕食の買物も‥
私ひとりなら何も買わずに帰って
夕食も「あるもの」を駆使してなんとかするんだけど、
夫と一緒だと出費がかさむよ(苦笑。
ドーナツと夕食のお刺身用魚(これはお買い得やった)
を買って、それでも外食するより断然お安いのでよしとする。
うわぁ、久しぶりに休日らしいことをしたなぁ。
先輩が辞めてから日曜の出勤が格段に増えたもんね。
それにしてもこんなに長時間勤務や
9勤なんかしてるのに、あまり「くったくた」になってない。
朝の精算業務だととても9勤なんかできないくらい
制限時間つきの意外と激しい肉体労働なんだけど、
先輩から引き継いだほうは体力よりも気力集中力正確さなので
「気」さえ継続してれば大丈夫な感じである。
それと午後からの勤務が増えたので
朝慌しい思いをして出勤しなくていいし、
そんな日は夕食を作って出かけるので帰ってからもラク。
新しく覚えた仕事は、
自分がやる分には要領もわかってきていいんやけど、
この先また新人教育がはじまるので
そのあたりの時間配分が
前回と比べてどこまでうまくできるかが課題やなぁ。
さて自分の部屋でジグソーパズルを広げている息子。
幼い頃よく幼児向きのパズルで遊んでたことなんて
もうすっかり忘れてるんやろか。
ちょっとやりかけて「けっこう難しいわ」と降りてくる。
手当たり次第にやると正しい一片を選ぶのはなかなか困難である。
それを「色分けしておく」とか「形で瞬時に判断できるようになる」とか、
工夫や自分の熟練で完成までの距離を自分で短くするのだ。
さて君にはそれができるかな?
そして飽きずに完成させることができるかな?
さらに深夜パズルに夢中になって
翌朝起きられないなんてことにならないように
自分でコントロールできるかな?
飾るための額が本体よりはるかにお高かったんだから、
完成させて飾らなきゃね。
October 22
昨日経費請求の締めも無事終了し、
ほっとして帰る前にお手洗いへ。
エプロンのばさっという音に続いてかちゃん‥
え、かちゃん って何?
ポケットに入れていたハンコが落ちてはねて水の中へ。
しまった、と思ったときには時すでに遅し。
あぁくやしい!
たかが100円ショップで買ったハンコといえども。
100円なんだからまた買えばいいじゃない、
とはわかっているけれども。
不注意でモノを失くす、ということに私は寛大でない。
他人様がご自身のことに関して
そうであることにはなんとも思わず平気なのだが、
自分が、本来まだまだ活用できるはずのものを
自分の不注意で使えなくする・失くすことは
どうしても「まぁええやん」と思えない性質なのである。
昔から裕福でない家に育ってきて、
「これをなくしたらもう買ってもらえない」という危機感が
45歳になろうというのにまだ抜けないのか。
最終的には「しゃあないな」と
また100円ショップへ向かうことになるのだが(苦笑。
流れていったハンコは残念だったが、
なんとか一連の締めが終わり、
今日からは日常業務である。
もともとシフトでは休みを入れていた今日だけど、
店長がいらっしゃる前提で組んだシフトなので、
代行のSさんひとりの時間に何かあってはと少々不安。
急遽シフトを組みなおし、
時間延長できないKさんにかわって私が午後出勤に。
前月度の最後3日と今月度の最初6日が
連続して出勤になってしまったがこれも仕方ない。
終わった話だから言えることだけど、
この締めの最中に夫がキレた。
もちろん異常な長時間勤務に私の体を心配してだが、
家事は滞るし食事の支度は不充分だし、
「そこまでして仕事せなあかんのか、
ええかげんにせんかい!」ということである。
日頃私も夫もあまりそれぞれの職場の話はしないし、
お互い自分の判断でたいがいのことを決めているので、
何かあっても事後報告が多い私たち。
夫には私が職場でどんな業務を担っているかを
細かく話したことはないし、
確かにここ2ヶ月は「スーパーに勤めるパート主婦」
の範囲を大きく超える勤務状態であった。
しかし、この締めの最中に
「どないかせんかい」というわけにはいかない。
遅く帰宅した私に不機嫌に「店長はいてるんか」と訊く夫。
どうやら怒鳴り込みに行くつもりだったらしい。
あいにくその日から店長が休みでいなかったし、
私もそんなことをしても状況は改善しないから
とりあえず今はやめてくれと話す。
それも終始穏やかに話し合いができたわけではなく、
「今私に150人の従業員の給料がかかってるんやで!
何があってもやるしかないんや!」
と泣きながら訴える一幕もあり、
夫はどうにもならん状況に
腹立ち紛れに部屋を出て廊下の壁を蹴飛ばす。
壁はへこみ、
かけてあった1000ピースのジグソーパズルが落ち、
前面にはめていたプラ板がめちゃめちゃに割れた。
そのなりゆきを息をつめて見ていた息子が
黙ってプラ板の破片を集めてくれている。
ははは、なかなかええヤツやな息子は。
知らん顔して2階へ上がることもできたのに。
私は息子に向かって
「どんなにしんどくても、どうにもならん時というのが
人生には何回かあるんや。
そういう状況から無責任に逃げるわけにはいかんから、
かあちゃんは今こうして立ち向かってるんや!」と訴える。
夫も息子を見て冷静になったのか、
「わかったもう何も言わん」と矛先をおさめる。
遅く帰宅した後でそんなことがあって
やれやれ‥と翌朝出勤すると
店長代行Sさんが来ていた、というわけで
またもや状況は悪化したのである。
前回私が続けたかった仕事を泣く泣く辞めたときも
状況は簡単に言うとこんな感じであった。
私は「仕事」が好きだし、家事はあんまり好きじゃない。
家にずっとは落ち着かなくていられないし、
習い事や趣味につぎ込む金銭的余裕なんかない。
夫が「家にいて家事をする妻」がお望みなのもわかっているし、
私は仕事をやり出したらのめりこむタイプなので
そうならんように‥と家庭優先で選んだのが
「スーパーのパート」やったのに
それがまたこんなことに(苦笑。
まぁなんやかんや言っても仕方ない。
日曜日に求人広告が出ることになったから、
それをとりあえず「よし」として、
次の締めが少しでも楽になるようにひと月かけて準備しよ。
October 20
「ある」と思って探せばある。
「ない」と思えばあるものも見つからない。
新人教育の中で、私がよく言う言葉である。
たとえばお金があわないとき
小銭を入れて持ち運ぶ袋のすみに
硬貨が1枚残っているとか、
足元に小銭や札を落としたことに気付いてないとか、
50円と5円を数え間違えてるとか、
入力する数字の8と6を見間違えているとか、
いくつかの原因が考えられる。
原因となりそうなそれらをひとつずつ確認して、
可能性をひとつずつ消していく過程のどこかで
自分のミスが発覚し、結局は合う。
たとえばPC入力作業では、
手順どおり入力できてないからその先に進めなかったり、
データ更新ができなかったりするので、
自分が「できていないところ」を見つけることが大事。
私は過去に失敗してきたさまざまな経験から(苦笑、
足りないお金がもしあるとしたらココ!だとか、
落としたお金を探すときはこれをどけて!とか
入力つまづいたらまず確認する数字はコレ!
だとかを認識していて、それでたいがいの場合解決している。
まぁそれだけ何度も何度も痛い目に遭ってきてる
ということなんやけど、
正しい手順で流れどおりやったら、
必ずお金もデータも「合う」仕事なのだ。
そうじゃなきゃこんな仕事やってられへんでほんまに。
もちろん正しい手順で流れどおりやってる「つもり」なので、
合わないときはかなりショックを受ける。
しかしやってるのは機械じゃなくて人間。
いろんな場面で間違いはありえるんや、とそこで切り替えて
足りないお金は「どこかにある」と思って探す。
または入力にミスが「ある」と思ってその箇所を探す。
そしたら思いもよらないところから小銭が出てきたり、
まさかと思うような入力ミスを自分はしていたりする。
なにやってんねん、そのときの私!と叱りたくなるが、
そういう自分と向き合いながらやっていくしかないのだ。
しかし経験浅い新人さんは、
必死でやってるからこそ「ちゃんとやってる」と思い込む。
「ちゃんとやってるはず」なのに
合わなかったりできなかったりするので、
確認するときも「ちゃんとやったということ」を確認しようとする。
そうすると袋のすみの硬貨も機械の下に落ちたお金も
入力時の項目を間違えてることも、
何度見直しても見えなくなってしまうのよねこれが。
間違いはないほうがいいに決まってる。
たしかにそうなんやけど、
間違わないと覚えられないこと、というものがある。
仕事も、きっと人生もそうである。
痛い目に遭ってはじめて深く自覚する。
お金が合わなくて帰るのがすんごく遅くなっちゃったり、
データ送信が遅くなって本社から電話がかかってきたり、
といった、
自分が困ったり他人に迷惑をかける経験が、
次にそれを防ぐための策を講じる元になる。
3年半この仕事をやってきて、
今回新人教育をするにあたって、特にそれを強く感じる。
Sさん、今はそういう時期だからがんばって。
閑話休題。
アルバイトの高校生Mさん。
いまどきの高校生はそんなもんなのか、
口癖は「うっわ~最悪!」である。
シフトが変更されてたから「最悪」で、
自分が入るレジの位置を確認して「最悪」。
それを耳にするたびに
「大丈夫や!
ほんまに最悪なときはもっとひどいこと起こるんやから
今日は最悪とちがうで!」
と反論する母親世代ちろる。
先月の締め前に
勤務予定入力を先輩から教わっていたKさん。
私は先輩から3年前くらいに少し教わっただけで
いわゆるペーパー状態。
締めに関しては予定入力よりも
実績データ作成のほうが重要なのでそちらに集中してたし
まさかKさんがこうなるとは思わなかったので
先月はおふたりにお任せで一切やっていない。
今月は私も昔を思い出してやるとしても、
たとえ半分でもKさんに入力をお願いしようと
「覚えてるよね?」と訊いたら「もう忘れました」との返事。
こうなるんやったら私も先月少しでもやっとけばよかった‥
と思うものの過去には戻れない。
はい、わかりました私が全部やりますよ‥というのもあって
結局先月度の私の実働時間(給与支払いの時間)は201時間。
偽装した休憩時間やサービス分を加えると
拘束時間はプラス10時間弱くらいか。
何度も書いているが契約時間は5時間×20日で100時間である。
私が今おかれてる状況はある意味「最悪」やけど、
ほんとうの「最悪の事態」は
きっと私が倒れたあとの職場に訪れるにちがいない。
もちろん倒れるつもりなどないけれど。
さて昨日出勤したら見知らぬ社員が店長のそばにいて、
あとでご挨拶いただいたところ
「店長がしばらく休むことになったので
その間代行させていただきます。
まだ店長経験はなく見習いレベルですが‥」とのこと。
そして知らぬ間に「そのひと」を残して店長は消えてて、
指示をあおがないとできない勤務予実績作成とか、
承認印もらいたい書類とか、仕事は停滞。
私は「そのひと」に店長が日常やってる業務を引き継いだり、
状況の説明をしたりと締め日の作業以外にすること増えたし、
じゃあ明日の段取りはどうなるのとか、
え、それも今日せなあかんの、とか
Kさんのあとを担う新人さんの募集はどうするのとか、
昨日も今日もけっこうふりまわされている。
そんな私の負担を少しでも減らそうと
日曜Sさんが残業を申し出てたまった雑用を片付けてくれた。
Sさんなら簡潔な指示で雑用なら
だいたいのことはできるのでそれも助かる。
多分KさんにもSさんが何か言ってくれたのだと思うが、
昨日今日とにこにこと「何しましょう?」と訊いてくれるKさん。
ありがたいけどSさんと違って
雑用をお願いするにも丁寧な指示が必要なのでちと困る(笑。
まぁそれでも勤怠の締めはなんとかできた。
9月以降夕方や夜に事務所にいることが多くて、
日頃会わなかった夜間勤務の人ともすっかり仲良くなっちゃった。
それを「よし」とばかりいってられないし、
今日は比較的作業量の少ない日だったので、
久しぶりに明るいうちに帰宅。
あとは明日経費請求の締めが無事に終われば
とりあえずは日常に戻れる(はず)。
これからの仕事の段取りは今の流れを踏まえて
もうちょっとうまいことやらなくちゃね。
‥でも店長のことが気にかかる。
私が倒れるのが「最悪」やとして、
今回の締めがそのひとつ手前かと思ってたから
この先は「明るい未来」のつもりやったのに、
状況によってはまだもう一段階ありそうな気配である。
まぁ、「最悪!」 「もういやや」 と思って生きるより、
「まあええか♪」 「なんとかなるやろ」 と思いたい。
「幸せ」とか「喜び」とかも
「ない」と思ってたら感じられへんのかもしれへんから、
とりあえず何かいいことが「ある」と思って日々過ごそう。
‥と自分に言い聞かせて。
October 09
心配された台風は深夜のうちに駆け抜け、
ありがたいことにここ大阪南部ではたいした被害もない。
以前大きな台風がきたとき、
深夜の数時間店を閉めたことがある。
前日までの紀伊半島直撃か?とも思われる報道に
24時間営業のうちの店ではどのように対応するか‥
2日前から事務所に不安げな空気が漂い、
当日店長は駐車場の車の中で
状況を見ながら夜を明かしたらしく、
木曜の朝はたいそうお疲れの様子で
私の出勤後「さぁ帰って寝よ」と消えていった。
今回久しぶりの大型台風ということで、
日中ご近所から何かを打ちつけるような
「トントン」という音が聞こえてきた。
あぁ、台風の備えをしていらっしゃる。
夫の実家も「いまどき」の家でないので、
玄関のガラスが割れないように板をあてる、と言って
夫がうちの不要になった板戸を1枚持っていったし、
我が家も建て付けが悪くて日頃閉めない雨戸を閉め、
玄関にネットを張るかどうか検討。
何が飛んできて当たるかわからない、
というよりも、飛んできて当たるならきっと
離れ屋上の使っていない物干し屋根の波板なのである。
あれを先に何とかしとかなあかんかったな‥。
幸い波板は飛んでいないようだし、
昨年暮れに屋根の修理をしたおかげで雨漏りもなし。
過ぎてみれば報道にずいぶん不安をあおられたな、
と思うところもあるが、
台風というのはやはりこのくらい
不安を感じて備えをしておかないといけないものなのだろう。
海からは距離があり、山を背負うこのあたりは
地形的に守られているのか
台風の被害は比較的少ないほうで、
つい「まぁ大丈夫やろ」と軽く見てしまいがちである。
じゅうぶんな備えをして挑み、
それが不要であったことをあとで喜ぶ‥
毎回そうしていかなければ、そして子どもにも
そういう姿を見せていかなくては、と思う。
閑話休題。
昨年の秋祭、
試験曳きが終わったところで評判を聞いて
夫が慌てて購入した
ワコールの「CWーX」は今年も着用するのだけど、
先日準備段階での寄合で
また「新兵器」情報を仕入れてきた夫。
昔から木綿があたりまえだった装束。
最近、といってもずいぶん前だけど
ストレッチ素材でマジックテープ付きのパッチが出たときに、
「あれは邪道や」と怪訝な顔をした夫も後には購入し、
「走りやすいわ」。
足袋も昔ながらの地下足袋だったが、
数年前エアークッション入りのスニーカー系足袋が登場。
こちらもやはり最初は眉をひそめるものの、
何人か履きだすと自分も、という気になるのかな。
そして買ったら「足の裏が痛くなれへん」とご満悦。
まぁ歳も歳やし、普段運動なんかしない人やから
いろんなもので体をいたわりながら走らないとね。
祭で体を壊して仕事できなくなっちゃうとたいへんやし。
で、今年は靴下である。
普段安全靴に5本指の作業用靴下を履く夫。
祭は地下足袋なのでもちろん同じく5本指の靴下を履く。
今回の情報は小林製薬の「歩くたすけ」。
CMでもやっているが、靴下にテーピング機能をプラスして
正しい歩き方で疲れを軽減し、つま先が上がることによって
足を大きく踏み出せる、というもの。
そういう商品がある、というのは知っていたが、
祭用に、とは気がつかなかった。そうかそうか。
夫に「買ってきて」と言われたが、
試験曳き前は仕事が不規則で買物に行く時間がなく、
とりあえずネットで調べてみる。
あ、「歩くたすけ」以外にも他のメーカーのもある。
へぇぇ、お値段もずいぶん違ってお安いじゃない。
昨年のCWーXはそれなりの効果を期待して
お高いもやむなし、と買ったが、
今回はなんといっても靴下である。
「歩くたすけ」の定価は1800円、靴下にしてはとても高い。
2日あると2足要るから×2で安く買えても3千円以上。
夫も1000円くらいなら‥と言っていたし、
お安いほうにしちゃお。
「歩きING」1000円×2で送料無料か、よし購入。
今の私にはあちこち探し歩く余裕もないし、
有料のお急ぎ便にしなくても、通常便で間に合うから
ワンクリックで欲しいものが買えるのはやはり便利である。
で、2日後には届き、
夫が履いて室内を歩いてみると
ほんとうにつま先が上がる、と言う。
くつした自体に厚みがあってそれもいいかもしれない。
結局試験曳きは「時間が短いから」と
いつもの5本指作業靴下で行ったので
効果のほどはまだわからないが、
明日明後日はいよいよ本番、
台風も去りお天気もよさそうである。
今年の夫のお役目は
いちばん前、綱先のさらに前方を旗を持って走るというもの。
だらだら走って綱先に追い越されるわけにはいかないし、
後ろをついて走るよりもきついポジションである。
この靴下が夫の助けになることを願う。
September 15
今住んでいる家の解体工事を、
先日見積してもらった業者でお願いすることにした。
いくつかある古材買取会社の中から
私がその会社を選んで問い合わせをしたのは、
築年数の条件が合ったことと、
ふたつみっつ北側の市に加盟店があったから。
別の会社は3ヶ月以内に解体予定がある家だとか、
築70年以上とか、戦前の建物であること、とか
適合しない条件があったので却下。
そして我が家は「住む家」としては古いけど、
いわゆる「古民家」ではないし規模も小さい。
こんな中途半端な古家に
買い取ってもらうほどの価値があるのかどうか‥
でもただ廃材として処分するのはもったいなくて、
近くの加盟店が来てくれるなら、
「あぁこの程度じゃ買取できませんね」なんて言われても、
たいしてご足労をかけずにすむと思ったからである。
ところが実際査定に来てくれたのは奈良県の加盟店。
多分高速を使っても1時間以上かかる。
うわぁ~そんな遠くから!
それもこんなたいしたことない家やのに!
申し訳ないなぁ、と思いながら家を見てもらい、
お茶でもどうぞと言いたかったけど、
きっとお忙しいのだから引きとめてはご迷惑、
という気持ちが先に立ってお茶も出さず。
小心者ゆえのひじょーに失礼な態度である。
さて見積ができたら‥という話になってあら困った。
我が家はまだ電話システムが「黒電話」なのでFAXがない。
あ、もちろん電話機はボタン式なのだが、
黒電話のままの回線を使ったホームテレホン(これって死語?)で、
親機1台と同じ形の子機が2台、線でつながっている。
一般的には「見積書ができたらFAXでお願いします!」
というお宅が多いと思うのだが、残念ながらそうはいかず。
普段は特に必要を感じないが、
こういうときはFAXがあれば‥と思っちゃう。
郵送してもらうのも申し訳ないな、どうしよう。
あ、PC!
本部への問い合わせフォームで入力したアドレスに
メールで送ってくださいと依頼することに。
これは自分なりによい選択をした、と思っていたのだが、
数日後電話をいただき、「お届けします」と言われてしまった。
またまたこんな遠いところまで来てくださるの!
私の仕事が今たいへん不規則なこともあり、
約束した時間は夕方5時。
それでも必ず帰宅できる確証がないので、
査定のときも家にいた息子に、
「こないだ家を見に来てくれたかたが見積書を持ってきてくれるから、
かあちゃんがもし帰ってこなくてもしっかり受け取るように」
と言い聞かせて出勤する。
なんとか5時前に帰宅、わずかな時間差で間に合った。
ちょうど夫も帰宅、一緒に見積書を受け取り、
検討後返事をします、ということで、
またまたお茶も出さずに玄関先で立ち話。
だってこれから帰るのにまた時間がかかるのに、
やっぱり引きとめるなんてできへんわ。
と思いつつ、遠いとこ来てくれてるのに失礼やな‥
あぁこんなとき、いったいみなさんどうしてるんやろか。
来てもらう側、訪問する側、
両方の意見を聞いてみたいところである。
閑話休題。
解体について工務店の友人には、
「解体は外注なので気に入ったところがあればそちらで」
と言われているし、金額的にもOKだし、
なんといっても木を捨てなくてすむ、というのが私は気に入った。
そして解体工事を依頼する前提で、
あらためて会社のHPや、
我が家に来てくれている古材鑑定士さんのブログを拝見。
日々のお仕事のことを中心に、
でもそれだけでなくご自分の日常のことなんかを
いろいろ記事にされていて微笑ましい。
このひとのことは何も知らないけれど、
この文章を書くひとなら我が家の解体を任せてもいい、
いやぜひこちらでお願いしよう、という気になった。
「古材倉庫」奈良橿原店さん、どうぞよろしくお願いします。
次に来ていただく折があれば、
今度はお茶をお出ししたいと思っています(笑。
September 13
今日もまた「家」ネタ。
「建てる」ほうは最初の見積金額などとても払えない、と
あっちを減らしこっちを削り、
間取りも少々変更している最中なんだけど、
もうひとつの検討課題「解体」についてのことである。
今住んでいる家はもともと本家の持ち物で、
父の長兄が一時期ここで暮らしていたらしい。
父が母と結婚する際祖父はすでに亡く、
父親代わりの長兄から父が譲り受けたと聞いている。
戦後すぐに建てられたこの家は新品の木材ではなくて
別の場所に建てられていた家を解体した、
古材を使って建てたのだ、と父が何度か言ってたっけ。
うちは玄関と台所の勝手口が隣同士に並んでいるうえ、
屋根の形状も非常にあっさりしていて、
「どちらも勝手口」のように見える玄関である。
お向かいやご近所の家は、
玄関土間の奥に台所、左手に部屋が続くお宅が多く、
現在南向きになっているうちの玄関が
もし西向きだったとしたらお向かいとおなじ間取りになる。
もとの土地ではそう建てられていたものが、
この土地は川沿いで幅が狭く、
まさか川に面して玄関を作るわけにいかないうえに西向きだし、
やはりここは玄関を南向きに‥と
そこだけを無理やり変えたとしか思えない。
「この土地用」の家ではなかったというわけか。
閑話休題。
以前ニュースだったか新聞だか雑誌だか忘れたが、
古い日本家屋の柱や梁を再利用する、
という内容のものを目にして頭の隅に残っていたのが
自分の家の解体を考えるにあたってふと気になった。
うちはお向かいや町内に何軒かあるような立派な家ではないけど、
四角く削っていない太い梁があったりして、
やはり「いまどきの」家では見られない木の使い方をしている。
重機で崩してすべて廃材として処分するより、
使えるものがあるなら、それをどこかで使ってもらえるなら‥
そのほうが父も喜ぶんやないやろか。
そう思って検索してみると
「古民家解体・古材買取」という会社がけっこうある。
インテリアとしてお店に古材を使ったりすることも多い昨今、
こういう商売も成り立つのであろう。
会社によって「築○年以上」など条件が異なるので
とりあえず条件の合う比較的近くの会社に査定を依頼。
築60年ほどやけど、当時も古材で建てたらしいです、
といちおう言い添える。
日時を合わせて査定に来たその業者は、
外から・中からひととおり見た後、屋根裏を見たいと言う。
え~天井板外れるところなんて2階にないしなぁ。
あ、玄関なら天井板一部外せる。
昔父がその屋根裏を物置にしてて、
みかんを入れるコンテナとか収納してたっけ。
もしかしたら私の小学校の教科書も上げてあるかもしれない。
大きな脚立をガレージから玄関へ運び、
業者が上がるのを見守る。
屋根裏の写真を何枚か撮って調査終了。
私はたとえ買取価格がつかなくても、
廃材として処分するよりは
引き取ってどこかで使ってもらいたいと思っている。
可能であるならうちの新しい家に使うのがいちばんいいのだろうが、
設計士さんいわく、寸法などの制約があるので古材は手間がかかる。
手間=金額が上がる
‥この式が真っ先に浮かぶくらいだから我が家では無理。
ごめんね梁さん、柱さん、使ってあげられなくて。
先日解体の見積書が届いた。
「これとこれは値段がつけられるだろう」と当日言っていた
梁の買取価格が12万円、
関連会社で引き取ってくれるという建具は
枚数関係なく家一軒分で15000円だそうで、
タダでも引き取って使って、と思っていた私にはうれしい価格である。
以前夫が建築関係の仕事をしている知り合いに、
家一軒分の解体費用を聞いてみたらしい。
最近は廃材の処分費が高いのでまぁこのくらいは‥
と言っていた金額より、この見積はずいぶん安価だと言う。
早速工務店の友人にも「どんなもん?」と聞いてみると、
やはり「わりとリーズナブル」という返事。
人の手で解体するので日数はかかるだろうが、
そうやって丁寧に解体してもらえて、
使える梁や柱を、建具をまたどこかで活用してもらえる。
これもご縁‥この業者で解体することになるやろな。
September 05
2学期が始まったが仕事の引継ぎで時間をとられ
しばらくは小学校の門番になかなか行けそうにない。
おまけに最近「家」のことで頭がいっぱいだし、
娘は娘で問題ばかり起こしている(苦笑。
楽しかったことを記事にする、
または凹んだことを笑いとばして記事にする
というのがこの「ほがらかにいこう♪」の基本姿勢なので、
ここでは書けないことが最近多くて困るよ(笑。
多少書いている娘のことは、数多い「やらかしたこと」のうち
書ける範囲で笑える程度のことで、実際は‥というのが現実。
息子は相変わらず「けったいな」ヤツやけど、
さすがに中2にもなると、可愛げがなくて笑えないしな。
そういう意味ではネタに恵まれない昨今なのである。
あ~なんか色薄い気がするなぁ最近。
リアルタイムではちゃんと色つきの生活をしてるのに、
自分の中で認識する力がダウンしているのか、
どうも色彩に乏しい毎日を送っているような気になる。
記憶の中には
あの頃は確かに色ついてた、という時期がある。
今と明らかに違うのは、
当時は今よりも感情の幅が広かった、ということ。
楽しいこと、悔しいこと、頑張り具合も、悲しみも、
きっと今より高レベルだった。
年齢・経験のおかげで「鈍感力」が増し、
何に関しても「めんどくさい」が真っ先に浮かぶこのごろは、
ほどほどに楽しく、ちょっとばかり悔しがり、
そこそこ頑張って、あきらめが悲しみをまぎらすのか。
閑話休題。
mixiのあるコミュニティで、
「私が欲しいもの」を言葉で表すトピックがあり、
みなさんが想像の翼を広げた
現実的なものから実現不可能なものまで
「欲しいもの」がずらり並んでいる。
先日そこに「欲」がほしい、
と書き込んだかたがいて、なになに‥と注目。
「最近いろんな欲がなくなって、本を読む気も仕事で頑張る気も
しゃれたものを買う気もなくなった‥
そうなると生きていく活力が失われつつあるようで」
という理由に、おぉ私もまさにそういう感じ、と共感を覚える。
たとえば「○○のロールケーキが食べたい!」
という欲があるからこそ、買いに出かける、という行動を起こし、
わざわざ行って買ってきて、うわさどおりのおいしさで超うれしい!とか。
「北海道旅行に行きたい!」と思えばこそ
仕事に精を出し、節約してお金を貯めるのも苦にならんとか。
そのお出かけのために洋服を選ぶ楽しみとか、
おいしかったね、楽しかったねと言い合う相手がいるとか、
付随するいくつかのことも含めて
適度な「欲」は生きていくうえで必要なこと、なんだと思う。
あくまでも「身の丈に合う」レベルの欲でないとあかんけど。
日常の色が薄い、と感じている昨今は、
たしかに「欲」がなくなっている自分に気付く。
必要に迫られてものを買い、
必要がなければどこへも出かけない生活。
大きな大きな買物である家も、
「倒壊する前になんとかする」ために建てるので、
こんな家がいいな♪と楽しめないのが現状。
もちろん金銭的余裕がないから、なのだが、
「欲」がないと自発的行動が極端に少なくなる。
余分なお金を使わなくていい、という反面、
毎日毎日何やってんやろ‥という変化のない日々。
「なんでもいい」 「どうでもいい」ばかりである。
今年の目標として掲げた
「アグレッシブ」はいったいどこいったんや、
という感じでやはり少々寂しいものがある。
まぁだからといって
急に「欲」がむくむく湧いてくるわけではないし、
無理やり引っぱりだしたような「欲」などきっとほんものじゃない。
自然なかたちで自分の欲すること、ものに
向き合っていけたらいいなぁ、と思う。
そのためには今以上に「欲」がなくならないように‥
どうやって守ったらいいんやろね。
September 02
先日工務店の友人から見積ができたとのメール。
ご主人のご都合に合わせて事務所におじゃますると、
山と詰まれたカタログとともに
目の飛び出るような高額な見積書が。
‥これはよう払わんわ。
メールで友人は「少し高くなりました」と知らせてくれてたけど、
ここまで高いとは。
しかも家の山手側の土地を整備して駐車場にするとか、
今の家の解体費、エアコンや照明器具の費用も
これには含まれていない。
我が家のご長寿家電
1976年製の電子レンジ、77年製の大型オーブントースター
83年製の掃除機、87年製の冷蔵庫は
今の家とともにお別れするつもりなので、
それらの購入費用に加えて仮住まいの費用も考えると
いったいいくらあったらええねん、と絶望的な気分になる。
社長であるご主人いわく、
とりあえずは「そこそこのもの」を使うことにして
金額を出したので、ここからある程度は減らしていける、とのこと。
あぁ減らして減らして!
和室の壁は土壁じゃなくてクロスでじゅうぶん。
屋根はそんなおしゃれな洋風瓦いらん、「普通」のでいい。
それだけでは減らし足らんからリビングを狭くして、
全体の面積を減らそう!
あとはキッチンやお風呂のランクを落とすかどうか、
山ほどのカタログを持ち帰って検討。
今日は仕事が休みなので、
洗濯機を3回まわす間にカタログをひととおり見る。
見積書の明細に掲載されてる品物を確認し、
それより安価なものを選んでみる。
玄関引き戸、←ドアじゃなくてガラガラっと開けるヤツね
システムバス、キッチンをランクダウン。
リビングとダイニングの間に設定した間仕切りを却下。
壁材と瓦もランクダウンして、
シロウト判断でとりあえず百数十万ほど減らすことが可能である。
あとは狭くなるLDの分でどのくらい下がるかな。
さらに今は機能重視でメーカーがバラバラだけど、
水周りのシステムを同じメーカーでそろえたほうが
割安になるのならそうしよう。
そういえば姉が勤めてる会社で扱ってる建材、
従業員家族価格になるんなら納入してもらおうか。
新築する家の壁材や、
キッチン・お風呂のカタログを見るのって、
一般的にはワクワクして「どれがいいかな」と思うんやろな。
それがこんなに楽しくないとは(苦笑。
「あ、いいな」と思うものを何も気にすることなく使えたら‥
なんて夢のようなことを考えるのはやめにして、
「今より生活レベルが落ちない」程度の家を建てよう。
他になんか、削れるものないかな。
August 28
今日は友人と待ち合わせてランチ&おしゃべり。
最近何かとバタバタしていて
こういう時間もなかなかとれず、だったので
久しぶりに楽しいひとときを過ごす。
私が仕事を終えて友人と合流したのが13時半。
近くの洋食屋さんに入ってメニューを開く。
いつもメニューを見ながらあれこれ話題を広げてしまい、
なかなか注文にたどりつけないことが多いのだが、
今日は比較的すんなりハヤシライスに惹かれた私たち。
野菜のポタージュとのセットを注文し、
いざ、という感じでおしゃべりを始めた。
和風のぽってり厚みのある器で出てきたスープを
おいしくいただいた後に、
「お待たせしました、ハヤシライスでございます」
と運ばれてきた皿を見ておしゃべりはとまり、お互い顔を見合わせる。
‥長っ!
今PCに向かっていて気付いたが、
私のデスクトップ型PCのキーボードと同じまたは
もう少し大きいか、と思うくらいのサイズ、
わかりやすく言うと
サンマの皿をふたまわり広げたような感じの、
非常に横長の四角い白いシンプルな皿に
皿にそって細長く盛られたライス
皿の幅いっぱいにかかったハヤシのソース。
それに比べて添えられたスプーンは比較的小ぶりで柄も短め。
どんだけ横に移動しながらすくわなあかんねん。
それに対する友人の感想は「京都銀行かいな」。
‥うまいこと言うなぁ。
「京都銀行」は
「ながーーーいおつきあい」をキャッチフレーズに、
いろんな「ながーーーいもの」を延々と見せてくれる
楽しい、アホらしいCMをマジメに展開しており、
この夏の高校野球の中継中
チェンジのときに放映されていたので私も何度も見た。
ご存知ないかたは、ぜひ京都銀行HPまたは
「京都銀行 CM」で検索してその映像をご覧ください。
あ、私は別に京都銀行に何の関係もないんやけど。
たとえば大根の葉っぱを持って
けっこうなスピード引き抜いているのだが、
大根はCMの間じゅう引っぱられて上昇を続け
最後にやっと抜けてしっぽが見える、というCMなのである。
もちろん実際不可能とわかりきってる、
ありえない長さの映像を延々と見せられるのは
賛否両論あると思うが、
じゃあ葉っぱは地上何メートルまで達するのか、
そのために引っぱる人間の身長はどのくらい必要か、
抜けた大根はおでんにしたら何切れか、
などと余計な想像が膨らむ楽しさがあるので私は好き。
そのCMを連想させるほど、
今日のハヤシライスの皿は長かった、のである。
いやぁ、いつも彼女と会うと
よほど深刻な内容の話でない限り笑いが起きるのだが、
彼女の発した「京都銀行」は
中京と日本文理の決勝戦、日本文理9回の攻撃で
エース伊藤くんが放ったレフト前ヒットのように
きれいに決まった。‥気がした。
August 20
春からずっと、どう決着をつけるか悩んでいた私に、
とうとう「その日」が訪れた。
水曜日仕事を終えて帰宅したのが13時少し前、
心を決め簡単な昼食をとり再度車に乗り込む。
2007年8月21日以来足を踏み入れていない、
その場所へ向けて出発。
所要時間3時間弱、
40㎝あまり短くなって肩のあたりで揺れている私の髪。
はい、切りました。
このごろでは床にお尻をつけて座ると
髪が床に届くところまで伸びてしまい、
頭の上でひとつにまとめるのが困難な状態。
実はまだ2年前のパーマが残っていて、
しっかりウエーブが出ていたのでもったいないな‥
とそれだけのためになかなか踏み切れずにいたのだが、
この先お尻を越えて伸ばす意味などないし、
1万円のパーマを2年もたせたんやから
1ヶ月あたり416円、さすがにもうええかと。
で、切ると決めたら「思い立ったが吉日」な私。
仕事帰りの車の中でどこで切るか検討する。
いちばん近いR美容室(小学校前に数年前にオープン)
はどうやろ、一度も行ったことないけど。
それとも2年前に行ったきりの中学校前のY美容室か。
私がこれまでRに行けない理由のひとつに
そこが予約優先だから、というのがある。
私は自分でも重々承知の「いきなり派」なので、
「今日切りたい!」でカットに行っちゃう。
Yは広くてスタッフも多数いるのでたいがい大丈夫なのだ。
家を出るときはRに行くつもりだった。
しかしRの駐車場にはすでに車が入っていて、
誰かいるのは明らかである。
せっかく行っても待ち時間が長いまたは予約するだけ、
になりそうな気がして、やっぱりYに行くことに。
2年も行ってない美容室に行くのは
少し気が引けたのだけれど、
スタッフが覚えていてくれたのでまぁいいや。
候補としてはベリーショートもあり、やったんやけど、
後々の手間や髪質などを考慮すると、
やはりセミロングの耳下ウエーブに落ち着く。
ざっくり切ってすいて、量を減らすと軽い!
そしてまた2年くらいもちますようにとパーマ。
はい、きっとまた2年くらい行きません。
その頃にはベリーショートに挑戦する気になってるかも。
August 13
13日は両親(の霊)をお寺に迎えに行ったり、
午後お坊様がお参りに来てくれたりするので休みをとった。
母が亡くなってしばらくは精進料理をこしらえて
お膳でお供えしたり、「お盆仕様」の生活をしていたが、
最近はずいぶん手を抜いているため、
日中はこれといってすることがない。
昔はよく見ていたが最近ちっとも見なくなった高校野球。
息子が見ていたので私もつられてテレビの前に。
ちょうど試合が始まるところで
メンバーの名前が画面に出ている。
控えの選手にうちと同じ苗字の人がいる、
と息子が気付いて言う。
漢字は一緒だけど読みはどうかなぁ、
うちはどちらかというと一般的な読みではないので。
プロ野球とは試合のペースも雰囲気も違うので、
私は見る分には高校野球のほうが好きである。
その控え選手のことなど忘れて試合を見ていたが、
回が進みピンチを迎え、ピッチャー交代が告げられる。
あ、あの子や。
甲子園のウグイス嬢は
はっきりとうちと同じ苗字をアナウンスしている。
見た目も高校生らしくさわやかなその選手、
親戚の子が出場しているような錯覚に見舞われ、
息子とふたり一生懸命応援する。
うちの苗字が全国的にはいくらかの軒数はある、
というのはわかっているが、
現実に親戚以外で同じ苗字の人に会ったことがない。
彼は私も息子も初めて見る「同じ苗字の他人」である。
甲子園の電光掲示板にうちと同じ苗字が表示され、
アナウンサーが「○○くんは‥」と話すのを聞いて
いやぁあの子はほんとうに「○○くん」なんやなぁ、
と感慨深い。
がんばって勝てば次の試合でまた会える。
2年なら来年また甲子園に来るかもしれない。
しかし、逆転はならず彼は3年であったため、
この試合でおしまい。
あぁなんかすっごく残念。
彼に野球やってる弟はいないんかな。
August 04
娘が携帯電話を買ったときに
同時に機種変更した夫の電話が先日突然何もできなくなった。
電源が入らない。
電池切れか?と思って充電するけど充電ランプが点かない。
充電器が悪いのか?と思って直接つないでも同じ。
ケーブルが悪いのか?と思って私のケーブルをつないでも同じ。
コンセントが悪いのか?と思って別の部屋でつないでも同じ。
これ以上思いつかなかったので、
PCで「auお客様サポート」をチェック。
「困ったときは」の中で
「電源が入らない」・「充電できない」を見てみるが
さきほど試みた以外の解決方法が見つからない。
故障の案内番号に電話するがなかなかつながらず、
さんざん待たされたあげく簡単なやりとりで
結局はショップへ持ち込んでください、との指示。
仕方なく充電器とケーブルも持ってショップへ行き、
店頭で動作確認してもらうと何の不具合もない。
でもやっぱり不安なので預けて点検をしてもらうことに。
実は夫の電話機は一部の製造番号で
「電源が入らない」トラブルがあった機種らしい。
以前auから郵送された案内で番号を確認し、
対象でないから大丈夫だね、と言ってたんやけど、
大丈夫ではなかったということか。
数日後連絡をもらって受け取りに行くと、
やはり同じ症状ということで、
基板を交換し出荷時と同じ動作点検をして返してくれた。
もちろん修理代はタダである。
これまで携帯電話で故障などなかったので、
めんどくさいなぁと思いつつショップへ行った。
いや、めんどくさいのは夫がひとりで行けなくて、
どこへ行くにも私を連れて行く、
自分のことでないのに連れて行かれる、
それがめんどくさいのだけど(苦笑。
ショップへ行くと待ち時間ヒマだから商品を見る。
おしゃれなの、カメラがすごいのいろいろあるけど
最新型の機種は「どうせお高いから」興味なし。
さらっと見るだけである。
旧型の値下がりしている価格を見ても
それでも高いなぁ、と思っちゃう。
機能的には何の不足もないが、
ショップで今の機種を見ると
やはり私の携帯電話は古くさいデザインである。
これまでなら、「もう2年半経ってるしな」
と機種変更しちゃってるかもしれない時期なのだが、
今は「節約モード」にどっぷりなのと、
ぜひこれがほしい、という機種にめぐりあえてないので
もう少し今のまま使うことにする。
相変わらず我が家は電波状態が悪くて
使いたいときにはなぜか圏外になっちゃうのだけど。
August 03
先週まで不安定な天気が続き、
天気予報は傘マークばかりだったのが、
8月に入って2日目の今日ようやく夏らしい晴天となった。
先日義母が義姉と和歌山へ出かけ、
お土産に桃を買ってきてくれた。
その数日後に本家から岡山産の桃をいただき、
どちらもよい香りでおいしそう!だったのに
むいてみるとちっとも甘くない。
やはり晴天に恵まれない今年は味ものらないのか、
と半分がっかりしながら
むいて一口大に切った桃にグラニュー糖をふりかけて
レンジで「チン!」 ←うちの年代モノレンジは本当にチン!と鳴る
かんたんシロップ煮もどきを作ってなんとか食べきる。
桃は大好きな果物だが、
「はずれ」たときの失望が非常に大きいうえに
おいしそうなのはけっこうお高いので
もう何年も買えないでいた。
つづけざまにおいしそうな桃をもらって
仏壇にお供えし、甘い香りを楽しんだとこまでは
非常にワクワクしていたのだが‥
ことごとく残念な結果となって今年の桃は多分おしまい。
この感覚はスイカにもあてはまる。
畑を所有していた頃は父が栽培していて、
スイカは文字通り「腐るほど」あったため、
「スイカを買って食べる」という意識は私の中にはない。
今はひと夏に一度はどちらかからいただくので、
それが「あたり」であればOK、
「はずれ」かもしれないスイカを買う気などさらさらないのである。
そういえばびわも。
本家のみかん山につながる池の横に大きなびわの木があった。
田植えの時期には熟したびわがおやつに供され、
田んぼで作業の合間に食べるびわは甘くておいしかった。
店頭にびわが並びだすと一応目をとめるが、
やはり私の中でびわは食卓でお上品に食べる果物ではなく、
田のあぜに種を飛ばしながら食べるものである。
いただきものがないかぎり、買ってまで食べることはないし、
いただいたびわはそんなに甘くない。
昔のびわはそんなに甘かったのか?
他においしいものが少なかったせいか
それとも「食べ放題」的な量があって、
特においしいびわにあたるまでいくつでも食べられたからか。
そういえばスイカ。
みかん山の一画に毎年スイカを植える畑があって、
すぐ横にため池があった。
池には野生のクサガメが住んでいて、
夜の間に畑にやってきて熟れたスイカを割って食べる。
「明日あたり収穫しよう」と見当をつけていたスイカは、
翌日きれいに食べられていたりするので、
カメとの攻防で少し早めに収穫したスイカを、
家で追熟させてから食べていたものだ。
閑話休題。
ようやく夏到来か、という今週である。
夏といえば「蚊」。
家の横に排水の溝があるせいか、
裏庭がジャングル化しているせいか
毎年蚊が多い我が家だが、
私は化学的に作られた蚊とり器が苦手なため
蚊取り線香、それも除虫菊使用の茶色い渦巻を使っている。
以前は一般的で安価な大手メーカーの緑色のを使っていたが、
最近は天然志向で支持されるかたが増えているのか、
あちこちで除虫菊の蚊取り線香を購入できるように。
殺虫というより忌避効果なのかもしれないが、
睡眠の邪魔をされないだけの効果があればじゅうぶんだし、
なんといっても香りがおだやかでとてもいい。
父は蚊取り線香のことを「蚊ぁくすべ」と言っていた。
「蚊」を「蚊ぁ」と発音するのは関西弁の特徴である。
※たとえば「気」は「気ぃ」、「目」は「目ぇ」、「戸」は「戸ぉ」となる。
「蚊ぁ」を「くすべる」もの、という意味だとわかったのはいつだろう。
「くすべる」というのは「くすぶる状態にする」ことである。
今では使う人がごく限られるであろうその言葉を、
最初は子どもたちには意味不明であろうとふざけて使ってみた。
今は夕方台所に立つ私が蚊を発見し「くすべて~」と言うと、
息子が線香に火をつけてくれるようになった。
夕方台所でつけた線香は
時間の経過とともに食卓脇から居間で効果を発揮し、
後刻私のPC&布団の脇にもうひとつ点火。
どちらも金属製の線香皿で味気ないので、
来年の夏には新しい家のインテリアとして、
ちょっと粋な線香皿を買っちゃおうかな。
今日と明日はめずらしく連休である。
お盆休み、というものがない私のごくごく短い夏休み。
今日は昼寝と読書で終わってしまったが、
明日もたいしたことはできそうにない(苦笑。
ちなみに今日読んでいたのは「我輩は猫である」。
中学のときに初めて読んだその文庫本を、
久しぶりに引っ張り出して先日より読んでいる。
現在一般的な文庫本サイズより3㎝ほど縦長(新書サイズ?)の
新学社文庫という中学生向けシリーズを
姉が中学に入るときに父が何冊か購入していたもの。
下巻は本の下部が墨汁なのか
一時期使っていたつけペンのインクかで黒く染まってて、
手につくことはないんだけどちょっと気になるところ。
中学時代だけではなく、その後も何度か目を通しているはずで、
おもしろい言い回しなどは何箇所か覚えていた。
たとえや言いようが時代的だけどテンポがいいから
中学生でも読めたのだろう。
あとがきについている解説で
これが漱石先生の初めての小説だということを
あらためて知った。 ←解説も昔読んでるはずだけど記憶にない
へぇ~、いろいろ書いたあとに
一風変わった猫目線のおはなしを書いたのかと勝手に思ってた。
息子も読んでほしいと思うが彼は今三国志に夢中である。
それも入り口はゲーム。
まぁ興味を持って読みたいと思うことが大事か。
小中学生向けに4冊でおさまってるのを図書館で見つけて借り、
1日1冊ペースで読んだあとはおきまりの読書感想文。
原稿用紙5枚にてこずっているらしいが、
作者が違うのも読んでみたいと大人向けのも借りている。
期限までに読み終えるのか、がちょっと心配。
August 01
友人夫婦が営む工務店の設計士さんは仕事が早い。
先日の第3案に少し手を加えた第5案が翌日届いた。
洗面所が広くなってるのと2階に私のスペースができている。
それもただ「空間」としてあるのではなく、
フリースペースに壁から出たカウンターテーブル、
それに向かって腰掛けられる高さに畳敷き1畳。
畳下の収納に加えて吊り押入れ、
さらに整理箪笥を置くスペースもあり、
今の「サニタリーへの通路と2階への通路にはさまれた2畳」
での生活よりよほど充実している感がある。
2階の角という位置ではあるが、
リビングの吹抜けのおかげで階下の様子もよくわかりそう。
第2案以降、私もシロウト設計を試みた。
もらった図面の上に別の紙を置いて写しとり、
いろんなパターンで部屋やスペースを組みかえる。
パズルのようにサイズだけで動かすと
トイレの出入り口がなくなったり裏庭への勝手口がとれない。
「あっこれええやん!」と思うと風呂が鬼門にかかっていたり、
仏壇の上が居室になっていたりでダメ。
私は「自分教の教祖」であり基本的に何も恐れてはいないが(笑、
工務店側に迷惑がかかるといけないので
やはり一般的に「よろしくない」とされる
最低限のことは守っておかないと。
で、唯一成立した案を友人にメールで(文章で)伝えて
できあがったのが第3案であり、
ひとことふたこと補足してできた第5案は
私では考えが及ばないプロの仕事。
やっぱり餅は餅屋である。
ただ設計士さんは
私が2階のスペースで「暮らす」とは思っていないらしく、
PCや書きものをしたり、本を読んだりしてくつろぐ程度
せいぜい「仮眠」までの設定らしい。
いや、これじゅうぶん「寝れる」よ。
ランドセルも学生カバンも勉強机も
今は不要だから場所もそんなにいらないし、
身のまわりのものと布団さえあれば平気平気。
‥私の発想がおかしいのかな。
夫も気にして1階の和室で寝れば?
と言ってくれているが、
「寝る」部屋にするとそのうち「寝る」だけですまなくなる。
モノをいろいろ置きたくなっちゃう。
せっかくの座敷をごちゃごちゃした部屋にしたくない。
第2案のときは2階に余分なスペースはなく、
吹抜けを半分ふさいで2階の廊下横に
ロフト状に床を広げようと思ってた。←やっぱり通路
それが階段の位置を変えた第3案で独立したスペースができ、
扉をつけて仕切れば小部屋、
というレベルにまでなったんだからたいへんな進歩。
まぁ私はあえて仕切らずに暮らすほうを希望するが。
リビングの吹抜けは梁だけ入れておいて
必要になれば床を張ってもう一部屋作れる。
広いリビングを仕切って
小さい部屋をつくることも可能であろう。
「離れとつなげない」ことにしたのも、
玄関と離れの間の敷地幅の広いところを
できるだけ大きく残しておきたいからである。
そうすれば次は離れを建て直すまたは
間にもう少し増築もできる。
結局「あとでなんとでもなる」ように
どれだけのことをしておけるか、ということかなぁ。
まだまだ先のことはわからないが、
もし義父母と一緒に暮らすとしたら‥
息子が結婚して同居することになったら‥
娘が嫁にいかずにずっと家にいたら‥(笑。
息子のために、娘のために
「もう一軒」というわけにはいかないもの。
ふたりとも独立して
結局夫と二人でもてあますのかもしれんけどね。
それにしても大きな買物である。
予算は私のこれまでのいちばん大きな買物、
13年前に無理して買った8人乗りワンボックス車の
5倍くらいになるのかな。
そしてこれですっからかんになる。
うわぁ、大丈夫か私?
予算オーバーしたら何を削る?
建ててからお金の要ることがあったらどうする?
薄給でボーナスなどない我が家の家計では
ローンを組んで返済していく自信はないし、
援助をお願いできる親もいない。
もちろん外装・内装はできるだけ↓、
家具も今のを使うし新たに買わないつもりやけど、
全く今のままというわけにもいかんやろな。
それにしても土地柄ご近所は
広い敷地に本格和風の大きな大きなお宅ばかり。
細長い敷地に今どきの家を建てる我が家は
かなり「浮く」感じであるが、
本家ではないし両親ともに亡くなっているのを
みなさん知っているからご理解いただけるだろう。
本当に私がご近所のみなさんに理解していただきたいのは、
「お金に余裕があるわけじゃないけど
倒壊してからじゃ遅いのでするちょっと手前で建て替える」
という事実であるのだけれど。
もう頭の中はお金の工面でいっぱい。
食費を抑え、買物を控え、
お酒もやめている私(苦笑。
まぁ誘われれば喜んで行くであろうが、
最近はお誘いもなく家では全く飲んでいない。
どうもそんな気になれないのである。
小心者の私にはあまりにも大きな買物。
完成まであれこれと気をもむことになるやろな。
July 29
先日より家の設計図とにらめっこの日々。
第1案を少々変更した第2案は
わずかな変更でぐっと住みやすくなった感がある。
ほぼこれで決まりか!と思われたので、
具体的に今の日常生活を
この図面どおりの新しい家で、と考えてみる。
ところが
うわぁあれ無理これできないという挫折の連続。
いや、本来の用途を無視して
まぁこれでいいやんと自分勝手に暮らしている現状が問題か。
↑ たとえば居間で夫が寝てるとか
洗濯物を吊り下げるために座敷の建具をはずしてるとか
座敷を物置とまで言わなくてもけっこうモノを置いてるとか
新しい家の設計図と比較するため、
現在の間取りとそこに置いてあるものを
同じサイズで図面にしてみたら、
暮らしかたの違いが非常によくわかった。
新しい家が「あれ無理これできない」理由は、
生活密着でないスペースが非常に広いから、
とでも言ったらいいのか、「使える」部分が狭い。
今は居間と食事をする板間が4畳半ふたつ計9畳で、
そのうち2畳分くらいモノに占領されている。
夜になると夫の布団まで敷いているが
とりあえずは全く困っていない。
新しい家はLDがなんと14畳!
横のキッチンがそこそこ広いため
食器棚やら冷蔵庫やら、
現在板間にあるものはたいていキッチンにおさまりそう。
そうなったらなおさらLD14畳は広すぎる気がする。
そんなにあるなら収納や家事スペースに使いたいものである。
おまけにその広いリビングに続く和室はどれだけ活用できるか?
うちの法事に使うのと、お向かいの葬儀のときに
休憩所として我が家を開放することになるので使うはず。
そんな「いざ」というときのためだけに
和室を空けておくとなると私の寝る部屋がない。
う~ん、私の貯金で私名義の家を建てるのに、
私の居場所がないなんて(悲。
夫はさすがにリビングで寝る気はないらしく
離れにある自分の部屋(現在は日中のみ使用)で寝るという。
家族でいちばん早寝早起きの夫は、
居間で息子がテレビを見ていようがおかまいなしに
早くから寝ているので、
ときどき目を覚まして不機嫌になることも。
離れで寝るなら好きな時間に寝て、
好きなだけ早起きしても誰も気にしない。
追い出すようで申し訳ないが、
この際夫は離れで寝るのが妥当だと思う。
2階の部屋は暑いからと奥の座敷で寝ている息子。
離れにはもうひと部屋あるのでそちらにどう?
と持ちかけたのだが、
やはり本宅がいいと言うし、
離れで目が届かないのも不安である。
新しい家では2階の自室で寝ることに決定。
息子が離れの部屋を使わないなら
私が、という選択肢もあるにはあるのだが
家事を円滑にすすめ子どもたちに目や気を配るには
やはり本宅で過ごさないとね。
そうなるとたとえばちゃんとした部屋でなくても
私が自分の物を置いたり着替えたりするスペースがいる。
さらに現在奥座敷には、
母が嫁入りに持ってきた和箪笥と整理箪笥、
私が結婚するときに買った洋箪笥が無理やり置いてある。
新しい家にはその置き場所もない。これが問題。
当初離れと家をつなげるつもりだったから、
箪笥は離れに置くことも考えていたが、
やはりよく使う整理箪笥は手近に置きたい。
それに「離れとつなげる」を前提にすると
制約が大きく思い切った設計ができないうえに、
敷地のスペースを有効に使えなくなるので
「離れとつなげる」は却下することに。
昨日の夕方その旨を友人に伝え、
再度新たな視点で設計をお願いしたところ、
今日に昼には友人から新しい設計図完成の知らせが。
おぉ!仕事が早いねぇ。
運良く私は休日なので早速車を走らせて図面をもらいに。
和室・階段・台所の位置を大きく変え、
ほぼ私の希望通りの第3案と、
思い切って玄関の位置を変えた斬新な第4案ができている。
ざっと見て第4案は使い勝手がいまいちですぐ却下。
第3案は和室に箪笥置き場がついていて、
洗面周りに収納場所がずいぶん増えている。
1階の間取りを変えた影響で2階も変わり、
2階にちょっとした私のスペースがとれそうである。
あぁ!これなら何とかなりそう。
位置が変わった台所には裏庭への勝手口がつき、
ゴミを出したり洗濯物を干しにそこから出られる。
水周りが集中してるのも動きやすいし、
和室とリビングが道路側から敷地奥側に変わったので
ずいぶん静かにくつろげるようになるはず。
間取りが変わったのは採光や通風にもよい変化をもたらし、
現状とは比べものにならないほどの明るい家になるぞ。
依然として私の部屋はないが、
第1案・2案よりあきらかに暮らしやすく、
工夫次第で何とでもなりそうな気がしてきた。
やはり同級生の友人にお願いしたのは正解だったかも。
決まりかけた設計を反故にし、
「やっぱりあれじゃあかんねん」と言った私に
同じ主婦の目線から「そら気の済むまで検討せな」
と応援してくれているし、
「この収納はこっち向きのほうがええんちゃうか?」
とまるで自分の家のように一緒になって考えてくれている。
いいものを作ろうとしてくれるのがよくわかるから、
私も安心して言いたいことが言える。
雲をつかむような気持ちで始まった建て替えも、
いよいよ現実のものとなってきた。
ちなみに我が家は一間1900の本間サイズなので、
全国的に標準とされる規格より広いはず。
ちらっと見た中古住宅のチラシで、
1階が18畳のLDKと8畳の和室
2階には6畳2部屋と8畳+書斎というのがあり、
うちと床面積は同じくらいだったけど、
うちの間取りは6畳3部屋にLDKとフリースペース少々。
あれ?なんでこんなに違うんや?
畳1枚のサイズはもちろん、他にもいろんな部分で違うのか。
うちは将来部屋にもできる吹抜けを8畳分とり
収納部を多くしているため
確かに贅沢な空間の使い方をしているかもしれない。
つぎは価格。
空間は贅沢できてもお金の贅沢はできない。
ここはしぶく‥やね。
July 20
日頃たいがいのことは悩まずに解決している私なのだが、
どうにも解決しないこともある。
2年間切っていない伸び放題の髪は、
この季節非常に暑苦しくうっとうしい。
ほんとうはベリーショートにしたいのだけど、
そうなると毎月カットに行かなくちゃならん。
だいたい今の髪型‥
2年前当時で耳から下にパーマでウェーブを出した
毛先が胸元にかかるセミロングというのは、
職場でひとつにまとめる前提の手間なしスタイル。
前髪は伸びた分だけ自分でカットすればいいし、
洗髪後に結わえた髪をくるりと指で巻いて、
自然乾燥すれば毛先のカールが出てくる。
それ以外なぁんにもしなくていい、
非常にらくちんな髪型なのである。
2年も放置していると、
当初肩甲骨あたりで揺れていた後ろの毛先も
ウェーブを引っぱって伸ばすとおしりまで到達。
ズボンをはくときはウエストにはさまり、
肘より手先側に毛先が触れる、抜け毛か、
と思って引っぱるとつながってる髪でいてて‥
を毎日繰り返すのもどうかと思う。
ばっさり切るか、
2年前のレベルに切るか、
どちらかを選んでさっさと美容室に行けばいいのだが、
毛先のパーマがまだ健在である。
これがもったいなくて踏みきれないのだ。
そんなに長いと洗髪がたいへんでしょうとよく言われるが、
シャンプー後は結わえて自然乾燥なので
その手間は2年前のレベルとたいして変わらない。
今切ったらこの先ここまで伸ばすかどうかわからないし、
一生に一回くらい、とことん伸ばしてみてもいいかなぁ。
自分の限界に挑戦、をこんなところで実践というわけでもないが
まだもうちょっとおいとこうかと思ってしまうのである。
閑話休題。
友人に家の新築を頼んでいる件だが、
叩き台となる設計図ができあがり、先日受け取りに行った。
玄関・台所・風呂などの配置は今とだいたい同じ。
リビングを広くとってあるので部屋数は少なくなってる。
「どんどん希望を言ってね」と友人は言ってくれるけど、
友人宅のように、
四角い土地に大きな家を建てるのならできることも、
三日月形の狭い土地に細長い家を建てる我が家では
いくら「こうしたい」と望んでも、
制約が多くて「これ無理、これも無理」となるのは
私のようなシロウトでも目に見えている。
今ある離れはそのままに、
新築した家とつなげられたらいいなぁと思うけど、←希望1
それを実現するには「この位置に開口部」となり、
間取りを考える上で制約がまたひとつ増える。
洗濯物を干す場所は?
雨の日に洗濯物が干せる室内の空間も要る。←希望2
収納場所もたくさんほしいけど、←希望3
たとえば和室に押入れを作るためには
裏の勝手口をあきらめるしかないのか?というレベル。
「吹き抜けのある広いリビング」や、
「来客に動じない美しいキッチン」を望まないわけではないが、
生活密着型希望が優先の我が家。
どうやら広々した吹き抜けは半分ふさいでくださいとか、
リビングを狭くして間取りを変えてくださいとか、
まぁ普通言わないようなことばかり言いそうな勢いである。
おまけに家を建ててる間はどこに住むか、も問題。
離れに居室が2つとトイレがあるとはいえ、
風呂洗面所台所、というものがない。
寝るだけなら雑魚寝でもなんとかなりそうだけど、
長期にわたって家族4人暮らすのは非常に困難である。
住む家を借りるとなるとその資金も要るし、
遠くなると息子の通学に送迎が要るかもしれんし‥
あぁなんとかならんかなぁ。
そう言いながらもなんとかなるのが人生というもの、
あまり考えすぎるのはよくないよね。
それぞれが、いい形で解決することを願う。
‥と結局は楽天的な私。
July 15
昨日は朝8:30から20:00まで、
休憩は14:30から30分のみという11時間の勤務をこなし、
へろへろで帰宅。
娘には夕食の支度を、
息子には朝私が出かける前にセットした
2回目の洗濯物を干すように指示しておいたのだが‥
娘はチャーハンの味付けを失敗、
ぼんやりした味のチャーハンを我慢して食べたらしい3人。
ありがたいことに私の分はなかった。
息子は「全部を干す場所がない」と
ひとつも干さずに洗濯機から出さないまま。
いや、全部干せなくても干せる分だけ干すとか、
朝干した分が乾いてるんやから、
それをとりこんでそこへ干すとか、なんとかせんかい!
子どもたちには「自分のこと」はさせているが、
「家族のこと」は米を研ぐくらいで、あとはいつも私がしているし、
私がやっていることは全く自分に関係ないと思っているから
やり方がわからない、的確な判断ができない。
たまにはこういうのもさせてみて、
失敗したら小言を言っておかないと。
帰宅そうそう「なんで干してないねん!」
とお目玉をくらった息子は非常に不服そう。
本人は「やろうとしたけど僕にはできなかった」と言うけれど、
「不可能なこと」ではなかったはず。
できなかったのではなく、できる方法を考えつかなかった
またはちょっと考えてできないと判断し、
そのままほったらかしてかまわないと思ったということやないの。
アンタは狭い視野で「できなかった」と言うけれど、
この状況で「できなかった」とは世間一般には通用しないよ。
なぜ息子に2回目の洗濯物を干すように指示したかと言うと、
その中に翌日必要な息子の体操服があったから。
せめてそれだけでも干しとかんとあかんやん。
全く干す場所が空いてなかったわけでもないし。
どうしたらいいかわからんかもしれんけど、
わからんなりにいろいろやってみて
工夫することが成長につながるんやで‥
普段なんでもやってくれる親がいる、ということは
ほんとうに子どもの成長の妨げになるんやなぁ。
うちほど子どもにいろいろさせていてもこの程度である。
よそさまの恵まれたお子さまたちは‥
自分は母が存命中も病気がちだったり、
元気なときは畑や仕事に行っていたので、
「これやっといて」と言われたことはやるしかなかったし、
言われなくてもやらないといけなかった。
母亡き後はそれこそ自分でやるしかなかったし、
常に裕福な家庭ではないので生活に工夫も必要である。
父が家の電気の配線やちょっとした大工仕事ができ、
必要なものは買わずにまず作ることを考える人で、
なんでも作ったほうが「ちょうどいい」ものが安価にできるから、
自分の生活に合ったものを工夫して整えるということは
幼い頃からあたりまえ。
先ほども100円ショップで買った箸があまりにも頼りなく、
昨日職場で持参した弁当を食べるときにご飯に差し入れると
しなるというか曲がるというかとても食べづらかったので、
亡父製作の竹箸の長さを箸箱に合わせてのこで切り、
やすりをかけて完成させたところである。
4月に排水溝が詰まったときに、
歩道の鉄板の重いふたを持ち上げ中に入って確認した、
と工務店の同級生に言ったところ
「あんたが入ったん?なんでもやるんやなぁ」とあきれてたもんな。
彼女はご両親健在で、頼り頼られができる関係なので、
私のように自分で何でもするなんて
多分考えられへんのやろな。
閑話休題。
私の監督の下、息子に日中断念した洗濯物を干させる。
普段私がどう干しているか意識していないので、
たとえばどこを洗濯バサミでとめたらいいかもわからない。
私は疲れと空腹で腹を立てながらも、
おたおたしている息子を見ているとなんかおかしくなってきた。
しゃぁないなぁ(笑。
干し終わるのを見届けて、
まずシンクの食器を洗い、翌日必要な麦茶を沸かし、
弁当用の米を研ぎ、すべてすっきり片付いた後、
前日からの残り物と帰りに買ってきた半額の刺身で
やっと私の夕食タイム。
あぁやれやれ、これで今日もなんとか終わりや、
と思ったところへ息子が来て、
「高専のサマーセミナーはあかんかった」
「へ?」
「学校へ『選にもれました』って連絡があったって」
あらら、申し込み多数で落選しちゃったのね。
しっかり行く気で、仕事も無理して休みとったのに(苦笑。
仕方ない、じゃあ高専が開催してる見学会や、
オープンキャンパスに個人的に申し込むか。
見学会は年に6回あり、1時間半程度のかんたんな内容で
とりあえず学校の中を見てちょっと説明を聞く、という感じ。
オープンキャンパスは秋ごろ開催され、
説明や卒業生との座談会・実演・研究室紹介などがあり、
ゆっくり見学できる設定である。
2年のうちにどちらかに行って見ておいて、
3年の夏休みに体験入学を申し込むことにしよう。
今日は18時から21時までの職場の研修会に参加するので、
通常勤務は休みにして日中のんびり‥のはずが
午後から息子の中学の個人懇談会に行くことに。
懇談予定は昨日だったのだけど、
予定外のフル出勤が入ってしまったので急遽変更して今日。
のんびりはまた今度、である。
今から夕食にカレーでも作っておこうっと。