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November 09 櫓最近仕事のことで頭からこの小さい体まで満タンになってて March 16 卒業13日に中学校の卒業証書授与式が行われた。 January 30 NGK木曜日は町婦人会の企画でなんばグランド花月へ。 November 02 ハロウィンパーティ先日ヨガの先生からメールでハロウィンパーティのお誘いをいただき、
おもしろそうなので参加しま~す、と返信。
なになに‥仮装してお料理一品持ってお越しください、か。
ヨガ習ってる生徒さん(女性ばかり)の会で、
私が習い始める以前にも一度開催したらしい。
‥仮装。
地蔵盆踊りの子どもの仮装グッズを思い浮かべる。
2年前のサルセットは娘が文化祭の劇(ももたろう)
に使えるから、と学校へ持っていってしまったし、
昨年のカッパはさすがに恥ずかしくて私には無理。
あとは娘のセーラー服か息子の学ランか。
勇気を出して娘のセーラー服を借りることにする。
私が通っていた頃と基本的に変わっていない中学の制服。
娘のサイズなら私にぴったりである。
化粧をしてるとただのおばさんのコスプレになっちゃうので、
口紅はなし、透明のリップクリームだけ。
髪はウエーブが目立つとやはりおばさんのコスプレにしか見えないので、
ふたつに三つ編みにしてたらす。
普段娘はスニーカーソックスをはいてスカート丈を短くしているが、
現役中学生と同じ格好をしてはりあう気はないので、
中途半端な丈の白いソックスをはき、膝より下のスカート丈で。
娘がひと目見て「ダサっ」と言うレトロな「昭和の中学生」スタイル。
夕方5時頃~ということだったので、
そろそろ5時やな、のタイミングで家を出る。
‥まだ外は明るい。
家を出てから、
三つ編みセーラー服で車を運転して行くのが急に恥ずかしくなった。
対向車や道行く人がぎょっとした顔でこちらを見ている気がする。
カーディガンはおってくればよかったな、
と思ってももう遅いのである。
先生宅に着き玄関を入ったところで、
すでに来ていた人と先生に大笑いされ、写真を撮られる。
参加者が順に到着し、
それぞれ仮装と料理を披露。
広いテーブルが持ち寄った料理で埋まり、
魔女が3人・犬が1匹・ミニーマウス・サリーをまとったインド人・
フラメンコダンサー・ナース・サンタクロース‥
魔女3人のうち1人は「魔女の宅急便」のキキを完璧コピーで、
ぬいぐるみのジジを連れ、ほうきを持って登場。
もう1人の魔女は市内在住のスリランカ人だし、
サンタクロースは生後4ヶ月のお嬢ちゃんを連れての参加。
自前のサリーを着てインド人になりきっているYさんは、
前回はクレオパトラに扮していたらしいし、
他の人の仮装を見ながら、もう次回の仮装案を考えていたりする。
それぞれ習っている曜日や時間帯が違うので、
ほとんどが初対面同士だったりするのだが、
終始和やかな雰囲気で話がはずむ、楽しいパーティとなった。
これも先生のお人柄、
そして全面協力してくださる先生のご両親のおかげ。
楽しく過ごしておいしくいただいて、帰宅したのは深夜1時。
明日仕事が休みで‥よかった。
October 13 今年の祭土日は当地の祭が行われた。
先日も書いたとおり「今年は何のお役目もない」ので、
土曜は普通に仕事。
今の職場で働くようになってからはずっと子供会役員をしていたので、
祭当日に働くのは実ははじめてである。
店は何かと慌しく、時間を少し延長してなんとか業務を終わらせる。
やっと帰れると思ったら帰宅途中に国道の通行止めに遭遇。
ちょうど校区内パレードが国道を通過する時間にぶつかってしまった。
停められて先頭でパレードを見られるならまぁいいか、と思うが、
連なった車の最後尾、カーブの手前で停止しているため何も見えず。
いつ動き出すのかもわからず延々とただ待つ。
やっと国道の通行止めが解除されたが、今度は家の前の道路も通れない。
農道を迂回して家の近くに出て、
通常5分ほどで帰れるところを30分近くかかって帰宅。
まぁ祭だから仕方ないんだけど。
日曜は休みなので祭に出かける夫を見送り、
自分はのんびりと洗濯機をまわす。
何度も書いているが「何のお役目もない」祭ってこういうものか、
と思いながら。
そうそう、花(寄付金のこと)持っていかなくちゃ。
あんまり遅いのも出し渋ってるようでみっともないので、
朝のうちに行っておこう、と家を出る。
受付場所には顔見知りの奥様がいて、
私が持参した金封をにこやかに受け取ると、
代わりに町の名入りタオルを私の手に。
毎年のことだが、たいそう高価なタオルである(苦笑。
さてその帰り道、
宮入りに向かうだんじりがちょうどやってきた。
一緒に神社へ行く隣の町を待っているのかしばらく止まっている。
通り過ぎて家へ、と思ったら、
道の向こうで以前子供会で一緒だったかたがふたり私を呼ぶ。
「ちろるさん、今から宮入り、一緒に行こ」
「まだ間に合うから早く着替えておいで」
‥え、私お役目ないし。
どうやらそんなのは関係なさそうである。
慌てて家に帰り、箪笥の引き出しを開けて、
町名の入ったおそろいのTシャツを引っぱりだす。
昨年きちんとたたんでしまっておいたので、
しわしわでもよれよれでもなく「よかった」と思いつつ。
着替えて先ほどの場所に戻り、動き出しただんじりについて走る。
‥こんなつもりじゃなかったので朝食もとっていないのに。
現子供会役員のお母様方と並んで神社へ入る。
私が今の役員さんと同じ行動をとるとややこしいので少し離れてよう、
と思ったら、幼稚園から高校まで一緒だった同級生が、
子どもを連れて参加しているのに会った。
嫁ぎ先には祭がないので、祭は毎年こちらで過ごしているのだ。
彼女とは年に一度、こんな時しか会わないが、
会えば話がはずむのでしばらく近況報告をしあう。
同級生と別れて神社を出、町内を一周している間に、
午後からの駅前パレードにも行くことになってしまった。
それも昨年・一昨年は車で移動していた、
格納庫から駅向きのスピードの速い行程をついて走って、である。
これは最初に誘ってくれたおふたりとは別のかたから誘われて、
なのだが、彼女のパワーはもう私なんか足元にも及ばない。
何度かダッシュするのだが彼女は遅れずちゃんとついていく。
私はと言うとどんどん遅れて、
だんじりが速度を落としたあとも必死で走ってようやく追いつくのに。
それを走っていったら走って帰って来なきゃならんが、
まぁ大丈夫でしょう、とのんきな私。
結局日曜は日中ほぼ参加した。
駅前パレードの行きかえりもなんとか走って。
「お役目」はないからお気楽だもんね。
走りながらときどき前方を走る夫の様子を見る。
CW-X購入は正解だったようである。
私はパレードに向かう前に慌ててテーピングをしたが、
今日軽くではあるがやはり筋肉痛が出ている。
トレーニング不足、やな。
この秋冬、ちょっと走るとかなんとか考えよう。 June 02 海での一日土曜も月曜もお天気がすぐれない中、
狙ったように見事な晴天だった日曜日。
夫と高校の同級生であるKくん・Tくん、Kくんの妹の4家族、
夫婦+子ども計17名で隣市のN浜へバーベキューに出かけた。
昔からある海水浴場に隣接して作られた「海水浴・潮干狩り禁止」のビーチがあり、
私たちのような「バーベキューしながら海見てのんびり」派や、
アクティブな「水上バイクで海満喫」派がおおぜいいて、
6月初めとはいえけっこうな人出である。
夫も私も、アウトドアのレジャーは苦手。
誘われたら尻尾を振り振り大喜びで参加するのだが、
自分から言い出すことはまずない。
今回発起人のTくん、そういうの得意なKくんのおかげで、
道具もあるし、どんどん段取りが進んでいく。
やはり「餅は餅屋」である。
得意な人が仕切ってくれるとうまくいくなぁ、と感心する。
Kくんは昔夫と私が働いていた会社に後から入社して、
しばらく同僚として過ごしたので私もよく知っている。
私も夫もさっさと辞めてしまったが、Kくんは継続勤務中である。
Tくんは夫が独身の頃、よく夫の家に来ていて、私と顔を合わせることも多かった。
現在自宅で自動車販売・修理業をひとりでやっているので、
我が家の車はすべてTくんにおまかせ。
独身の頃はよく4人で飲みに行ったりしたっけ。
夫はこのふたりといるととてもリラックスしているし、楽しそうである。
夫も彼らも、20歳くらいのときから知っているので、
今見ると白髪だの老眼だのと、すっかりおじさんになってしまった。
‥いやいや、私こそ、すっかりおばさんなのだ。
つい忘れてしまうが、彼らは私より2歳年下なんだもんね。
夫の友人たちと同行するとき、私は常に最年長である。わっはっは、まいったか。
20代の頃はそれがいやでいやで(苦笑。
夫の同級生で2歳、さらにその奥様となるとかなりの差である。
Kくんの奥様は私より7歳は下のはず。
それでなくても女性のお付き合いが苦手な私、
相手も私が年上だから気を使ったりしてるだろうし、
奥様たちと一緒だとどうも居心地が悪い。
以前は私も気を使って話を合わせたりしていたのだが、
最近めんどくさいことはやめる、と決めてずいぶん実行できるようになったので、
今回も奥様がたの輪に入るのはやめることにした。
遊び相手のいない息子とキャッチボールしたり、息子と砂利浜を走ったり、
ひとりで海を見ていたり‥失礼のない程度に気ままに過ごす。
話しかけられたら話し、さりげなく黙ってまた自分の世界に。
あぁ、なんや、これでええんや。
と思ったらすごく楽であった。
「今日はちろるさん、静かやったなぁ」
「何か気に入らんことあったんやろか」
Kくん・Tくんの奥様は、以前の私を知ってるだけに、
そう思っているかもしれない。
しかしこれが私なんやから、どう思われてもいい。
これからも無理せんとこ。
とにかく海はいい、楽しかった、また行こう。
May 12 落語日曜日は落語を聴きに出かけた。
ヨガの先生が会長をしてらっしゃる団体が企画した「落語と篠笛の会」。
篠笛とは竹製で内部に漆を塗った横笛で、
獅子舞や祭囃子の笛、といえばおわかりいただけるかと思う。
聞き慣れた祭囃子とは違うやわらかな響き、透明な音は、
まっすぐ耳というより体に入ってくる感じ。
落語は桂三枝、の弟子の桂三四郎(26歳芸暦5年)の若々しい噺を聴いたあと、
桂文福、の弟子の桂茶がま(47歳芸暦23年)が登場。
茶がま氏は地元出身で、 ←現在は東京在住
岸和田祭のテレビ放送時にはよく出演していたので名前は知っていた。
若手噺家、と思っていたが、プロフィールを見ると私より4つも上。
いくらなんでも若手ではない‥月日の経つのは早いものである。
客席の聴衆や、袖で待機しているヨガの先生を次々ネタにして笑わせるが、
三四郎氏のときと客席の笑い方が全然違い、
さすがプロ、さすが芸暦23年と感心する。
篠笛にしても、落語にしても、生で聴く機会などそうあるもんやない。
ヨガに行ったときに先生から開催を聞いて、すぐチケットを購入した。
ついでに「久しぶりにランチでも行こうか」と、
日程を決めるメールをやりとりしていた友人に声をかけ、
ランチの後一緒に行くことに決定。
場所はお城の横にある旧家の別荘で、府の登録文化財となっているところ。
昭和初期に10年の歳月をかけて建てられた邸宅に、広大な日本庭園があり、
市の管理のもと、今回のような会やお茶会などが催される。
二間続きの和室の建具をすべてはずし、
和室を囲むようにつづく縁側から美しい中庭が見える。
現代的なホールや会館などとは趣が違うなぁ。
客席には100人くらいいただろうか。
私と友人は到着が遅かったため、かなり後ろの席に着いたが、
それでも演者の顔がきちんと見える距離である。
開演前にお抹茶とお菓子をいただけて、
篠笛と落語2席‥
日曜の午後をとても楽しく過ごすことができた。
ランチの途中も友人との会話でずいぶん笑ったが、
落語ではまた違う種類の笑いが湧き上がる。
三四郎氏のほうは「おつきあい笑い」や時には「苦笑」もあったが、
茶がま氏は、たとえお決まりの小噺で次に言うことがわかっていても、
その語り口というか「間」に笑わされることが多かった。
最近TVでお笑い番組が多く、
子どもたちがよく見ているので私も時々目にする。
中には笑いを誘われる芸人さんもいるが、
私は派手なコントよりはしゃべりの上手な漫才がいい。
ちゃんとした漫才や落語が聴ける番組はめったにないのが残念である。
父は寝る前によく落語のカセットテープを聴いていたので、
同じ部屋で寝ていた幼い頃は私も一緒に聴いていた。
毎晩いろんな噺を聴いて、当時は覚えるほどであった。
TVで落語の番組があるときはたいてい家族で見ていたし、
どうも私は落語で育ったようなものである。
子供ながらに桂米朝氏と故桂文枝氏(小文枝時代)は「すごく上手い」と感じ、
このおふたりが特に好きだった。
CDやDVDを購入するほど「落語大好き」というわけではないが、
今後も機会があればぜひ落語を聴きに行きたいと思う。
March 25 USJ息子の担任は20代の独身女性教諭である。
息子が6年生になってしばらくして、クラス内でUSJの話題が出たとき、
子どもたちのあいだで何となく「みんなで行きたいね」となって盛り上がり、
先生がつい「卒業したら一緒に行こうか」と言ってしまったらしい。
子どもたちはすっかりその気になって、家で親に「卒業遠足」にUSJ、と話す。
保護者たちは「子どもがこんなことを言ってるけど本当?」と当惑気味。
2学期、懇談会を前に、私は先生から相談を受けた。
「これこれこういう流れでうっかり子どもたちに言ってしまったんですが、
実際に連れて行くとなると私ひとりでは無理なので‥
保護者のみなさんにもご協力いただけないでしょうか」
息子たちのクラスは「校内かくれんぼ大会」も実現させたし、
夏休み中の小学校の大掃除にも特別動員し、←アイスとフランクフルト・ポテトのごほうび付
通常の学校行事以外でのクラス単位の行事が他の学年より多い。
そのたびに先生と交渉し、協力して事を進めるのが代表としての私のお役目である。
現校長先生は、かくれんぼのときに
「子どもたちが楽しいと思うことはできるだけさせてやりたいと思っています」
とおっしゃってくださり、
「子どもたちが自主的に計画を立て、ルールを守って行動する」 という条件でOKをもらうことができた。
今回も同様、実施することを前提にPTAの役員を交えて対策を練る。
授業とみなされる学校行事なら、ケガや万一の場合に適用される保険があるが、
卒業式後は使えないので、参加者には別途保険に加入してもらう。
子どもと保護者の参加者を確定し、参加申し込みと同時に保険の掛け金を徴収。
スケジュールは子どもたちと先生が話し合いながら決め、
決めたことには必ず従うと子どもたちに約束させる。
ここまで準備して参加を募ると、
子どもは32名中30名、そのうち14名は保護者も参加することに。
子どもたちは遅くまで遊びたいに決まっているが、
「明るいうちに最寄り駅まで全員で帰ってくる」と決め、
たとえ保護者が同行する子でも例外はなし。
いよいよその日、21日は最寄り駅に朝7:20集合。 ←早っ
USJに着くとすでにたくさんの人。
「ファンタスティック・ワールド」が始まったばかりだし、TVでCMもやっているし、
これは普段の日曜より混んでるかも。
チケット購入でずいぶん並んだあと入場。
まず全員で「ジョーズ」に乗る。
これも列が長くて、入場とジョーズで2時間あまりが経過。
ここからグループ単位で行動するので、
いざというときのために待機場所を決め、保護者が交代で待機。
グループの友達とはぐれたり、
何かあったらここへ来て大人に助けを求められるように。
担当の時間以外は保護者も自由行動だが、
待ち時間は人気アトラクションは3桁(分)である。
強風のため運行停止のハリウッド・ドリーム・ザ・ライドが動き始めたので、
ダメもとで行ってみたが、190分待ちのうえ、いつ停止になるかわからない。
こりゃ無理、とあきらめて60分待ちの「シュレック」へ向かう。
思ったより早くて、もうひとつ、と欲が出る。
70分待ち、の表示を見て「ターミネーター2」に並ぶ。
なかなか進まないのを気にしながら並び続け、ようやくゲートの前に。
しかし‥集合時間が迫っている。
子どもたちに「ルールを守る」を求めておきながら、
保護者が遅れるわけにはいかない。
まして私は「引率」という役割があって来ているのに。
一緒に並んでいたお母様と顔を見合わせ、
「間に合わないね」 「仕方ない、出ましょう」
ゲートを通って入場し、スタッフに「出ます」と告げる。
「間に合うか?」とドキドキしながら並んだ時間が無駄になった。
こんなことならどこかで座ってお茶でも飲んでたらよかった。
集合時間を大幅に遅れる子もなく、無事に電車に乗る。
最寄り駅で予定通り解散できてやれやれ。
卒業式のビデオを回覧のために持参していたのも、
スタートの保護者に渡すことができ、
これで6年生の保護者代表としてのお役目はほぼ終了。
あとは回覧を終えたビデオを回収して学校へ返却するだけ。
いやぁ、終わった終わった。
卒業式の日やUSJでも、
たくさんのお母様方にねぎらいの言葉をかけていただいた。
すべてみなさまに快くご協力いただいたおかげ、
と私も感謝の気持ちでいっぱいである。
February 04 中止金曜日の役員会では、耐寒登山を「予定通り実施」する場合と、
「中止」する場合両方の段取りを確認。
翌土曜日は午後1時半に小学校に集合。
持って行くものの確認をする人、
乗車バス別の目印に参加者に付けてもらうリボンを切って安全ピンを取り付ける人、
土曜のうちに山頂に運んでおく物を軽トラに積み込む人‥
みなさんに作業をお願いして私は筆と硯を前に深呼吸。
「記念碑」の文字入れが私の役目。
毎年耐寒登山の記念に、学校名・PTA会長名などを記した記念碑を山頂付近にたてる。
本当は登山当日にみんなでたてるといいんやけど、
やはり当日は慌しいので、前日荷物と一緒に車で運んでたててくることに。
10㎝角ぐらいの白木の記念碑、これはだんじりのブレーキ(前梃子)を譲り受け、
木工所で少し削って体裁を整えたもの。
「平成19年度 耐寒登山記念」と正面に大きく書き、
側面に会長のお名前・裏面に学校名と登山日を書き込んだ。
できた記念碑を積んで、主要メンバーが山の状態を確認するため山頂に向かう。
気温は5度ほど低いが、
先日の日曜に下見に行ったときのような雪はなく、チェーンなしでじゅうぶん登れる。
積んできた薪やガスボンベ・大鍋に鉄板を降ろし、
翌日の調理場設営の位置を決め、記念碑をたてて完了。
しばらく山頂で談笑後帰路につく。
あぁこの調子でお天気が崩れなければいいのに、と思っていたが、
夕方帰宅後ポツポツと雨が降り出した。
当日雨なら午前7時に参加者に中止の連絡をする。
協議の時間も必要なので主要メンバーは午前6時30分学校集合である。
そのまま降り続く雨に失望しながら早めに就寝。
午前3時ごろに目が覚める。
布団の中で耳を澄ましても雨の音はしない。
えっ、止んだんやろか、とよろこんだのも束の間、
家の前の道路を走る車の音が「がりがり」と聞こえる。
‥雪になって、道が凍りかけてる。最悪。
もうそこからは眠れなくなった。
時折通る車の音に神経を集中。
しかし何度聞いても「がりがり」。
こんな状態じゃ無理だ、とあきらめながら、午前6時を過ぎた頃に家を出る。
道路の雪は少し溶けかけて水分の多い状態になっている。
まだ雪の降る中、傘をさして歩いていると、
大阪にはめずらしく屋根に大量の雪をのせた車が私の横で停止。
同じく役員のTさんだ。
Tさんは隣の町なんだけど、少し山あいになるとこんなに!というぐらいの積雪。
乗せてもらって学校に到着。
職員室に入るとすでに集まっているかたがたが苦笑いで迎えてくれる。
決断を迫られるなか、雪はどんどん降っている。
最終判断は8年ぶりの「中止」。
名簿にしたがって手分けして「中止」の連絡をする。
このあと準備した物を片付け、前日運んだ荷物を山頂に取りに行く。
全体に『残念』ムードが広がった。
「せっかく山頂へ行くんやから、みんなで行って上で雪遊びをしてこよう」
とIさんの提案に、「あ、おもしろそう」と空気が変わる。
先生も巻き込んで、「有志でひそかに雪遊びツアー」が決まった。
↑ いいのかなぁ、と思いつつ校長・教頭同行やからいいか、と納得。
役員は自分の子どもやその友人を呼び出し、 ←もちろんうちの子も
多人数に対応できるよう、雪道OKの車を持っている人も何人か動員。
総勢40人ほどが6台の車で山頂に向かうことに。
登山道に入るところでチェーンを装着。
昨夜積もった新雪なので、凍りついてるより走りやすい。
先週の下見の時よりはるかに多量の雪は大阪とは思えないほど。
山頂もすっぽり雪に覆われていて、ふわふわの雪を踏んで歩くのも楽しい。
持ってきたそりで滑ったり、雪合戦をしたり子どもたちは大はしゃぎである。
大人は火をおこし、食べ物の準備。
豚汁は登山中止とともにキャンセルができたが、
買ってしまったフランクフルトはどうしようもないので少しでも減らそうと鉄板で焼く。
焼きあがって声をかけても子どもたちは一向に集まらない。
そりゃ雪遊びのほうが楽しいもんね。
子どもに交じって私もそりを借り、斜面を滑った。 ←43歳の挑戦
‥おもしろい。
何度でも滑りたいけど、
子どもの遊び道具を取り上げてへたくそなおばちゃんが、
そう何度も滑るわけにもいかない。 ←でも3回滑った
PTA行事が中止になったというのに、
役員たちだけでこんなに楽しんでて申し訳ないが、
予定通りの登山より子どもたちも大人も楽しんだと思う。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、名残惜しいが雪山をあとにする。
これでPTA主催の行事はすべて終わり。
昨年も楽しんでPTA活動に関わってきたが、今年はさらに楽しむことができた。
これもいいメンバーに恵まれたおかげでとてもありがたい。
私の書いた記念碑が山頂にずっと残るのもうれしい。
そういえば「耐寒登山記念」と書いたけど、
今日(雨天中止)と書き足すほうがよかったかな?
January 27 雪山今日は来週行われる耐寒登山の下見に、主要メンバーで山頂へ。
例年なら今日が登山本番なんだけど、
注目の府知事選挙の投票日で小学校が投票場所となっていて、
予定を変更、今年の登山は来週になった。
朝9時50分小学校集合。
投票に行く夫の車で小学校に向かう。
体育館で投票したあと帰宅する夫を見送り、他の役員のかたと合流。
昨年はあったかくて雪や凍結の心配などしなくてすんだが、
先週からこの冬いちばんの冷え込みが続いている。
4WDの車にチェーンを積んだ1台と、スタッドレスタイヤのもう1台を連ねて学校を出発。
中間地点を過ぎたあたりで心配どおり雪道となった。
車を停めてチェーンを装着し、ゆっくり走る。
標高858mの山ではあるが、やはり上ってくると「冬の山」という感じ。
どんどん景色が白っぽくなって積もってる雪も多くなる。
市内でも海岸沿いと私の住んでるあたりでは気温差があるが、
さらに内陸+標高が高いとこんなに雪国になっちゃうのね。
こういう体験もPTAならではと楽しくなってくる。
山頂では細かい雪が舞い、風も冷たく、いかにも「耐寒」登山日和である。
しばらく山頂で場所の確認などをし、当日のイメージをふくらませて帰途につく。
帰りはより慎重に雪道を下る。
昨年も一昨年もあたたかかったから、
そのつもりでいたけど、来週の日曜もこんななら、滑って登るのがたいへんや。
家に帰ってから対策を考える。
念のために靴につける滑り止めを買っておこう、とスポーツ用品店へ。
いかにも登山用のアイゼンの横に、
ゴム製ベルト式の滑り止めが1種類あった。
お値段も1050円とお手ごろなので、私と夫の分を購入。
息子は学校で用意する荒縄でがんばって登ってもらおう。
あとはお天気か‥昨年も直前までハラハラしたが、結局いいお天気となった。
こればっかりは天に祈るしかないね。 January 13 10時間半昨夜、PTAの役員会を兼ねた新年会が市内の某所で行われた。
2月3日の耐寒登山に向けて、役員への説明担当の私は、
資料の作成・役員の役割分担などの事前準備にエネルギーを注ぎ、
会議中の説明も「まぁ必要なことは伝えて決めなきゃいかんことは決められたかな」
というレベルで任務完了。
あとは変更のあった部分を修正した役割分担表を作って、
直前の役員会で再度確認、というところ。
やれやれ、ここまでくればあとはお天気の心配だけか。
気が楽になって会議後の食事でお酒が進む。
暖かい部屋で説明のため長々しゃべり続けたからか、
冷えたビールが妙においしく、おまけに隣のかたがかなりの酒豪ですすめ上手。
さらにおまけにいろんなかたがビール瓶片手にご挨拶にきてくださる。
全部受けて、そのつどコップを空けるのは危険、と少しずついただいてはいるものの、
ビールに弱い私には許容範囲ぎりぎりかも。
私は「ビールは最初の一杯だけ派」である。
日本酒か焼酎ならおさまりもよく、翌日にひびかないので、
こういう宴席では、なるべく早めにビールをやめることにしている。
ころあいを見計らって日本酒にチェンジ。
そしたら今度はビール瓶をお銚子に持ち替えて注ぎにきてくれるかたが(苦笑。
ありがたい‥とは思うものの、しばらく放っておいてほしいくらい。
一次会だけでもずいぶん飲んだなと思うが、
顔に出ない性質なので、二次会でもまたすすめられる。
嫌いじゃないので飲む私も私やけど(笑。
翌日仕事なのに結局12時ごろまでつきあって、
ちょっと飲みすぎたかな、と帰宅後反省。
翌朝時間通り起床し、動くには問題ないが、
あきらかに昨夜摂取したアルコールはまだ分解し終えていない感じ。
以前一度経験したように天井が回ったり頭を上げられないわけではないので、
いつもの時間に家を出て職場に向かう。
しかし‥普段のペースで売上の精算はできない。
お金を計数して仕分けをするのは意外と肉体労働なので、
もし途中で気分が悪くなって、最悪吐き気などもよおしては大変。
動きはスロー、でも時間内に間に合うだけのスピードで精算。
作業を続けて、時計が10時30分をさす頃、なんだか急にスッキリした。
「はい、今、昨夜摂取のアルコールの分解終わりましたぁ」という感じ。
あれだけの量飲んだら、分解に10時間半必要なのね。
次はもう少し早く帰らなくちゃ。
いや、飲む量を控えるべきか(笑。 December 25 息子とおでかけ9月から大阪展が始まっていた「人体の不思議展」に息子が行きたがっていた。
息子は「不思議」とか「謎」とかいう言葉に弱い。
夏休みに義母に連れて行ってもらったあるイベントで、
「人体の不思議展」告知のうちわをもらってから、ずっと気になっていた様子。
連れて行ってやりたいなとは思っていたが、
日曜日にわざわざ梅田まで出かけるのはおっくうで、私からは言い出さなかった。
先月ラジオで会期延長のお知らせを聞いた。
2月3日までだという。
冬休みに私の平日休みを利用して行けば、会場も電車も混雑を避けて行けるじゃない。
そう言うと息子は大喜びで早速日程を決める。
「終業式終わったら急いで帰ってくる」約束で21日に行くことに。
最初は娘も行くと言っていたが、友達と出かけるほうを選んだので当日キャンセル。
そういえば息子と二人だけで電車に乗って遠出するなんて初めてやな。
会場は「梅田スカイビル」である。
2棟の高層ビルの上部を連結した形の「空中庭園」を持つ梅田スカイビルは、
オープン当時かなり話題になっていたように思うが、
私も夫も人ごみがきらいなので訪れることはなかった。
梅田かぁ。いったい何年ぶりやろ。
以前はJRなら阪和線から環状線に乗り換えて行ったが、
今は関西国際空港のおかげで、梅田(大阪駅)まで直行の快速がある。
時刻表をチェックして準備OK。
学校から走って帰宅した息子を連れていざ出発。
JR大阪駅から10分くらい歩いて到着、チケットを買って入場する。
時間帯もよかったのかすいているから、見たいところでじっくり見られる。
今回の展示の目玉は人体標本である。
以前なら「ホルマリン漬の臓器」や「人体模型」が主だったと思われるが、
標本作成技術が進み、常温で半永久的に保存OKの画期的な標本が見られる。
臓器や人体「そのもの」が、ほぼそのままの質感(多分)で展示されているのだ。
‥こういうの、苦手な人も多いやろな、と思う。
むき出しの筋肉や血管、ケースに並べられた臓器。
焼肉食べるとき一瞬頭をよぎるかも。 ←私は平気
入場料1500円(小学生は500円) ←クーポンでここからそれぞれ100円引き
が高いのか安いのかはよくわからなかった。
ひととおり見て気がすんだらしい息子と会場を後にし、
せっかくなので空中庭園に上がろうとチケットを購入。
こちらは700円(小学生300円)である。
まずガラス張りのエレベーターで35階まで上がる。
これが結構怖くて外が見られない。
他に人がいなかったのでこれ幸いと、
ふたりでしゃがみこんで床を見つめて恐怖に耐える。
エレベーターを降りたらそこから39階まで一直線のエスカレーターが、
これもガラス張りでまた怖い。
確かに下から見たら、エレベーターの中もエスカレーターで上がっていくところも見えたっけ。
地上百何十メートルでのガラス張りってこういうことなんか。
40階から「ここまできたらついでや」と屋上に上がる。
地上170メートルの屋上はガラス張りではなく、柵があるだけなんだけど、
足元がしっかりしている気がするからかそんなに怖くない。
東西南北にニコンの双眼鏡(無料)があるのでそれぞれ覗いてみる。
倍率がすごいしクリアな視界。
どこかの観光地のぼやけた双眼鏡とは雲泥の差。
4台の双眼鏡であちこち見ながら屋上を一周するだけで息子は結構楽しそう。
屋上でしばらく遊んで「もうええやろ」と降りることにする。
同じシースルーのエスカレーターとエレベーターも、
いったん高さに慣れてしまったからか、下りはそう怖くはなかった。
しかしこれだけ怖い思いをすると、
上がるだけで700円という値段が妥当に思えてくるのが不思議。
「遊園地の高めの乗り物ぶん」くらい支払っても納得なのだ。
ようやく地上に降りて、しばらくビルの内外をきょろきょろ、うろうろしていると携帯が鳴った。
骨髄バンクのコーディネーターのかたからだった。
提供に向けての検査などをする病院が決まり、つぎは日程を決めるところである。
1月半ばすぎに1回目の検査をする予定。
私の仕事や、学校関係の行事なども考慮してくれるらしい。
ほんとうに提供に向けて動き出したんやなぁ、と実感がわいてくる。
いつも以上に、ケガや病気に気をつけなくちゃ、と思う。
帰りの電車も関空行きの快速。
座れたので、くたびれた息子はうとうとしている。
こんな「プチ遠足」もいいもんだ。
息子とふたりなんて最初で最後かもしれないけど。
December 19 3回私が加入している生協では、牛肉の登録制度があって、
登録者に均等にいろんな部位が届くことで生産者を守るシステム。
スライス3種・焼肉用2種・ステーキ用の計6種が週代わりで順番に届く。
先週(13日配達)はステーキ用だったので、
こりゃちょうどいい、と誕生日2日前の15日 ←17日まで待ちたかったがこれが消費期限ギリギリ に軽くお祝いをした。 ←1回目 娘は「今日何の日?」としつこく訊く。
誕生日はまだやし、結婚記念日は過ぎてるはず‥と納得いかない様子。
いくら「お母さんの誕生日の2日前」と言っても信じない。 ほんまにそうなんやけど、娘の中では2日前にご馳走を食べたらあかんみたい。 誕生日当日は年齢なりのおちついた料理をと、
やはり生協で調達した「メロ」で鍋。 このメロという魚は「クエ」と称して売られることもあるらしい、それほどおいしい魚である。
冷凍だが甘みと適度な脂があって、鍋でも身がパサパサすることもない。
ちゃんと雑炊まで味わって、2回目のお祝い。
今日は店のノルマ達成のため予約に協力した(させられた?)
クリスマスケーキ ←ホントは24日・25日にしかお渡しできない商品 を無理やり受け取って2日後のお祝い。 ←3回目
この「無理やり受け取る」ために、
フルーツをデコレーションした生クリームのケーキは×。
デンマークチーズのムースとラズベリーのシンプルなケーキとなったが、
その選択が大正解。おいしくいただきました♪
自分の誕生日何回祝うねん!
December 10 一足早く昨夜はPTA役員メンバーとその家族でクリスマス会。
食事が進んで、子どもたちお楽しみのビンゴ大会。
景品はいろいろなものを用意してくれていて、
「並ばないと買えない超おすすめバームクーヘン」に女性の目が釘付け。
子どもたちにはクリスマスの飾りつけをしたゴールドクレストが大人気で、
姉妹で一鉢ずつゲットしたお宅も。
私は「はずれ」。
でも『のりたま』を一袋もらったんでまぁいいか(笑。
さて我が家のサンタさんはいつまで来てくれるのか‥
さすがに娘が中2にもなると「もう来なくてもええんちゃうの」と思うんやけど、
息子はまだ必要かなぁ、それにどうやってやめたらいいかと思案中。
この時期我が家の近所でもイルミネーションで家を飾ってたり、
住宅地の歩道が一部ピカピカ光ってたりして、クリスマスモード満載。
もちろん純和風の我が家はやらないけど。
今日卓球大会も無事終了して、
年内の学校&子供会行事もこれでおしまい。
あとは気ぜわしく師走を過ごし、あわただしくお正月を迎えるのね。
今回は昨年ほど年末年始の休みがとれそうにない。
あ、その前に年賀状‥はやくしなきゃ。
December 07 もちつき今日は予定どおりもちつき。
お天気もよく、風もなく、絶好の日和である。
午前8時半の開始に間に合うように幼稚園に向かう。
私が通った頃の幼稚園は1年保育で5歳児のみだったなぁ。
当時木造の園舎は小学校の職員室と渡り廊下でつながっていて、
渡り廊下奥にあった狭い園庭にはジャングルジムと滑り台・ブランコ・砂場。
今は園舎があった位置には小学校の体育館がある。
裏手にスペースを確保して新しく建てられた園舎は明るくて、
以前の何倍も広い園庭を娘が、息子が2年ずつ走り回って遊んだ。
息子在籍中の2年間は委員として濃くかかわった幼稚園。
今日は6年ぶりにおじゃまするけど、雰囲気はちっとも変わっていない。
それもそのはず、当時息子の担任だったA先生が、
いったん転勤されたあと、主任となって再度着任されているのだ。
交流でたまに幼稚園を訪れる息子も当時を思い出し、
時には砂場で園児に負けずに楽しく遊んでいるらしい。
もちつきは幼稚園の現委員と昨年の委員・先生・小学校の現役員で行うが、
なんと今日参加のお母様方12名のうち、
娘・息子の幼稚園時代にご一緒したかたが6人もいる! おまけに6年前に一緒に委員をしていたNさんとUさんが、
少し歳の離れた3人目のお子さん在籍中でまた委員を務めてくれている。
今日もつきあがったもちを取り分けるのは6年前と同じくNさんと私。
まるで6年前にタイムスリップしたようなもちつきだった。
いや、もちろんそれぞれ6年分歳をとってはいるけれど(笑。
人手が足りているのと、経験者が多いのとで、
かなり順調に10臼をつきあげ、丸小もち、きなこもちが次々できあがっていく。
途中園児は順番に杵を持ち、何度かついたあと、自分の小もちを丸める。
娘も息子も、当時の校長先生と一緒に杵を構えた勇ましい姿で写真におさまってたっけ。
今日のこの子達と同じように、もちをこねまわし、
手も服も片栗粉だらけにして暮れのイベントを楽しんできたのだ。
つきあがった、あたたかくやわらかいもちをちぎって取り分けていると、
妙にシアワセな気分になる。
石臼と杵でもちつきをするのもこの先ないかもしれない。
幼稚園委員は、行事を通じて子どもと一緒に過ごす時間がたっぷりあってよかったし、
PTA役員も、こういう経験がたくさんできるからホントにいい。
確かに活動の時間は割かなければならないし、気を使うことも多いけど、
それを差し引きしても有り余る何かがあるんじゃないかと思う。
今夜は19:30から、PTA役員会である。
午前中も一緒だったみなさんと再度顔を合わせての会議。
議題は来年行う「耐寒登山」の打ち合わせがメインとなる。
PTA主催の学校行事としては最大の、参加240名(前回)というイベントが最後の大仕事。
今日のように好天に恵まれ、楽しく登山できますようにと祈るばかりである。
November 10 一段落:ハードな1週間(1)4日日曜は亡父の七回忌法要を行った。
父が亡くなったとき息子は幼稚園だった‥早いものである。
お寺にはずいぶん前にお願いし、先月半ばから順に粗供養の品や昼食の手配。
お寺のお坊様は私の同級生で夫も友達付き合いをさせてもらってる人。
粗供養の品は、斜め向かいのお宅のお兄さんがそういうお仕事をしているのでそちらへ。
昼食は町内の仕出し屋さん(父が懇意にしていた)に注文。
いかにも田舎的な感じであるが、実際気楽で無理もきいてもらえるから意外と便利なのだ。
三回忌のときに、同時に母の二十五回忌を行い、大掛かりな法要はそれで最後。 8人いた父のきょうだいはもうだれひとりいないし、父は末っ子だったため、
お兄さんのお嫁さんとなると存命であってもけっこうな年齢である。
今ではわざわざ法要に来てもらうほどの親しいお付き合いでもないので、
本家のおねえさん夫婦(私には従姉にあたる)と夫の両親・義姉、
そして私の姉一家だけを招いて簡素にすませることにした。
お坊様が家に来てお経をあげてくれるなか焼香、
お墓に移動して読経、そして本堂に移ってさらに読経・焼香で法要は終了。
従姉夫婦と夫の両親・義姉は家が近いので帰って昼食をとりたいと、
料理を持ち帰ることにしたため、
残ったのは姉一家だけでさらに気楽な食事会。
‥終わった。
やれやれ、である。
翌5日は小学校の創立記念日で息子は休み。
子供会の社会見学でユニバーサル・スタジオ・ジャパンへバスツアー。
役員である夫と私も仕事を調整して参加した。
我が家は遊園地やテーマパークと縁が薄い。
夫婦そろって人ごみが嫌い・夫はさらに並んで待つのが嫌い。
USJも近い(車で1時間ほど)というのに行ったことがなく、
今年娘が中学校の校外学習で行っただけである。
日曜日なら「3時間待ちも覚悟のうえ、3種類乗れたらいいか」
ぐらいの気持ちじゃないと行けない(らしい)が、
連休明けの月曜、おまけに天気が悪い、と条件がそろったためか、
各アトラクションの待ち時間は長くても40分ぐらい。
近いところから「シュレック」 「スパイダーマン」 「ジョーズ」
ここで軽い昼食をとり、
「ジュラシック・パーク」 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」 「E.T.」
と、降り出した雨も気にせず順調に体験。
まだ時間的に余裕があったので、あと2つぐらい乗れたかも。
同級生とではなく、向かいの3年生の男の子と楽しく過ごした息子。
疲れた顔で帰りのバスに乗り込む。
町内に着いたのは6時ごろと、帰路も順調。
‥これも終わった。
9月の運動会に始まって、祭・地区の運動会・親戚の法事・我が家の法事‥
日曜ごとに続いているいろんな行事ごとも、とりあえずはあとひとつ、
次の日曜のPTA親睦ソフトボール大会で小休止である。
いやぁ、法事が加わったため今年の秋はホント休みの日曜がなかったなぁ。
ここまでくれば‥とほっとした月曜の夜。
「嵐」となった火曜日は次回の記事で。 October 09 くたくただんじり祭は無事終了。
若頭で肋骨を折った人がいたのと、
顔に切り傷を負った人がいた程度で、
だんじりはどこにもぶつからず、倒れることもなく、
もちろん曳行中の死者はない。「無事」なのだ。
↑ 曳行中の事故で死者が出ると翌年は曳行自粛
骨折程度ならなんのおとがめもない
2日間の私の移動距離は昨年同様35㎞。(全行程は55㎞)
一日目の土曜は晴天で日中は27度の暑さ。
二日目の日曜は多少雲があったけど体感的には土曜より蒸し暑い。
2日間で屋外にいたのは日中18時間、夜間6時間。
食べる・寝る以外家にはほとんどいなかったことになる。
春からのランニングのおかげか、テーピングのおかげか、
走る・歩くことは、子供会役員やってる4年間のうちでいちばん楽だった。
筋肉痛がなかったのははじめてかも。
しかし‥日差しの強い暑い中、合計24時間も屋外にいると、
体は相当疲れるものなのね。
月曜は祭装束の洗濯やらで忙しいのと、体を休めるために、
今年は先輩にお願いして休みをとっていた。
↑ 昨年は休みがとれずに出勤したが、
体は動かず、目はとろんとしたまま不気味な姿であったらしい
しかし‥洗濯だけはなんとかやり終えて、あとはひたすら寝ていたにもかかわらず、
1日では復調せず、今日になってもなんかしんどい。
若くない自分、を再認識する。
仕方ないよなぁ、まぁ人並みに走れただけでじゅうぶんか。
今年で最後‥と思うから、意地になって走った部分もあったりして、
ちょっと無理しちゃったかな。
来年からはただの見物人となるのだ。
祭は走らないと意味がない‥と昔から思っているのだが、
役割もないのに趣味で走るほど好きではないし、
来年は休まずに仕事してるかもしれないし。 「参加」という意味ではこれが最後の祭となった。
しんどいけど、終わったと思うと寂しい気もする、妙なものである。
October 01 10㎞日曜日、午後12時30分、出かける準備をはじめる。
1時20分にだんじりの試験曳きが始まる前に格納庫に着いておかなくちゃ。
まず息子の装束を。
地下足袋を履くため靴下は5本指、白のTシャツ(町若頭オリジナル)、
黒バッチ、法被、黒地下足袋、町のみんなおそろいのタオルでハチマキ。
バッチが全国的に通用する言葉か不安‥
股引のことやけど、防寒用の「らくだのももひき」ではなくて、
ズボンが普及する前、江戸時代に職人さんが着ていたものをご想像ください。
以前は木綿の昔のままの形だったけど、最近祭装束の進化はめざましく、
バッチはストレッチ生地でマジックテープとファスナーのついたズボン形。
地下足袋はストレッチでエアークッション入りの厚底もある(笑。
今は幼児にまで装束を着せているが、←毎年ひとまわり上のサイズを買わなきゃならんのに
私が小学生の頃は、学校から通達で、児童は体操服(白トレパン)着用。
その上に各町の法被(今とはデザインが違う)、運動靴。
中学生になるとジーンズにTシャツ、法被、運動靴。
青年団や大人は祭装束だったけど、
子どもは法被さえあれば曳ける、という感じだった(懐。 そして私も身支度。
息子と同じ若頭オリジナルのTシャツ(青)と、
黒(バッチとそろえて)の動きやすいパンツ、ランニングシューズ。
Tシャツの左肩に「子供会」のワッペンをつけて完成。
しかし朝からの雨は止む気配なし。
仕方なく帽子と薄いレインコートをプラスして出発。
家を出たときの霧雨からスタート時には本降りに。
だんじりの屋根も専用の雨カッパを装着している。
レインコートをばさばささせながらだんじりの後ろをついて走る。
道路のセンターラインは濡れるとすべるので踏まないように、
水溜りに気をつけて‥と思っていたが、
だんじりのスピードが速くてそんなこと気にしていられない。
中学校あたりまで進むと雨がほとんど止んだ。
しばらく走って他校区に入ったところで一度休憩。
雨が止んだらレインコートは邪魔でしかない。
汗が蒸発しないので腕がべったりとコートに貼りつくのが気持ち悪い。
脱いでとりあえず腰にくくりつけるがそれも邪魔。
休憩所で待機している飲み物運搬用の車(今年は我が家の車を使っている)
に積んでもらうよう頼んでやっと身軽になった。
JR駅前(本番のパレードコース)を一周して帰路につく。
帰りはゆるやかな上りなので、だんじりのスピードも往きほどでない。
往きの途中で「気持ち悪くなってきた」と一時離脱した息子も再度合流して走る。
3時間の試験曳きは無事終了、本日の移動距離は10㎞である。
会長夫人手作りのおでんをいただきながら「お疲れさま」の乾杯。
飲んで笑って疲れを癒す。
一夜明けて今朝はいい天気。
先輩にお願いして、昨日今日と連休のシフトにしておいたので、
のんびり祭装束を洗濯し、レインコートを干す。
心配してた筋肉痛もなくてありがたい。←「まだ」なのかな?
以前の私は、普段運動なんかしないのに、
いきなり3時間走ったり歩いたり止まったりの試験曳き。
翌日はすんごい筋肉痛で、それが回復しないまま本番に突入していた。
そこで痛い足を少しでも楽に、と太ももにテーピングしてみたらこれが大正解。
また走る前から貼っておくと、後の筋肉痛がかなり軽減されることがわかった。
今回もしっかりテーピングしたので大丈夫やったみたい。
太ももの前面をひざの上から足の付け根付近まで、内~外に斜めにテーピング。
試験曳きならこれでOK。
さらにふくらはぎ裏面をやはり斜めに貼れば本番もOKである。
夫くらい体が大きければテープを2本貼る。
シロウト考えではあるが、効くからええやん、と人にもすすめている。
他人に説明するときに、自分の足を指差しながら、
「ここにこう斜めに貼って‥」と言うのだが、
それを形容するのに「ウルトラマンの模様みたいに」と言うと、
わりとみなさん納得してくれる。
しかしあらためて各ウルトラマンの模様を見てみると、
そんな模様のウルトラマンはいない(笑。
かろうじて、ティガとガイアならなんとか‥という程度である。
みなさん、ごめんなさい。騙したわけではないんですよ。
September 26 運動会 番外編毎年のことだし、あたりまえだが、
運動会では全員が体操服に赤白帽で、息子を探すのに苦労する。
娘はまだ髪型である程度見当がついたが、男の子はむずかしい。
幼稚園の頃から、運動会の日はできるだけ派手な靴下、
たとえば赤いラインのハイソックスなんかをはかせて見分けていた。
今回も前日、息子に「明日どの靴下?」と聞いて確認。
ミズノのランバードマーク、ブルーの幅広ラインである。
騎馬戦の入場のとき、一生懸命ランバードを探すが見つからない。
それもそのはず、騎士役は裸足であった。
あわてて視線を顔に向ける。
息子はメガネをかけているのでわかる。
だって息子のメガネは銀縁でつるのところだけ赤。
こんなの息子だけやん!
「あっいたいた」
と思ったら、
クラスに同じような背格好のメガネの子(Tくん)がもうひとり。
そしてその子のメガネもつるが赤(苦笑。 ←この日気付いた
‥むずかしい。
息子だと思って何度Tくんを目で追ったか。
次からはつるの赤いメガネを見つけたら足元を見て靴下確認やな。
さらに後姿が息子によく似た5年生が、
やはり息子が持っているアディダスの靴下をはいているからややこしい。
「今日息子はランバード」だとわかっているのに、その靴下が目に入ると、
「あれ、アディダスやったっけ?」と視線を顔に移して確認。
もうなにやってるのかわかんなくなってきた。
リレーのときはよかった。
チームで色別、走る順番のゼッケンをつけてるから、
靴下もメガネも関係なく「赤の2番」でわかる。 ←安心して見られる
南中ソーランもわかりやすかった。
Tシャツの背中には大きく「雅」の文字。
好きな文字を一文字選ぶとき、何にしようかいろいろ考えていた息子。
「やんごとなきおかたのように、みやびやかな僕」をあらわしているらしい。
おじゃる丸か、お前は。
というわけで、小学校最後の運動会は終了。
後片付けが終わって、昨年同様役員のみなさんで打ち上げ。
飲んで笑って、疲れがとれたおかげで、翌日の仕事は普段どおりできた。
翌日は朝からパラリと雨。
いったん止んだものの午後も不安定な天気で
夕方から夜は結構まとまった雨。
日曜はあんないい天気でなんとも幸運であった。
運動会Ⅱ開会式が終わって、いよいよ競技が始まる頃、
娘が友達数人と一緒に到着し、カメラは無事私の手に。 ←よかった~
息子の最初の競技は騎馬戦。
昨年は馬の後ろ足だったが、今年は騎士。写真も撮り甲斐がある。
合図とともに勇ましく出陣!
が、結果は昨年同様、すごすごと陣地に戻るのが早い(笑。
午前の部のちょうど真ん中に「借り物競争」がある。
例のネタもそれぞれお願いし、いよいよだ!と参加者の集合場所に向かう。
横一列の人数を確認しながら整列してもらう。
最後の列が二人足りないので、
ちょうど近くにいた友人のご主人と、中学生の息子さんを強引に連れてくる。
これで予定通り、10列となった。
最後の列に「ちょんまげの人」のゼッケンを入れてある。
ちょんまげ役の夫は‥どこにいるのか姿が見えない。
他のみんながゴールした後で、「ちょんまげ」を引いた人だけが残っている。
子どもたちもいすから立ち上がって「ちょんまげはどこや?」と探す。
いた!退場門の向こうから、悠々と手を上げて登場した夫。
観客席を見回しながらゆっくりとゴール。
‥いやいや、そんな、ヒーローじゃないんだから(恥。
ちょっと目立ちすぎである。 ←引いた人ごめんなさい 机の上に置いたゼッケンが風にあおられて飛んでいったり、
参加者を招集する放送が遅れたり、
元気に参加してくれた中学生が元気すぎて整列に手間取ったりと、
思ったようにはいかなかったが、まぁなんとか競技が終わってホッ。
ここでしばし休憩、となる。
今年の残暑は異常。
あちこちの運動会で熱中症が頻発し、
あまりに危険なので予定を変えて半日で切り上げたところもあるらしい。
例年昼食まで休憩を入れずに競技をするが、
今年はやはりそういうわけにはいかず、学校側もたいへんな気の使いようである。
幸い体調を悪くする子もなく、休憩の後は順調に競技が進む。
そしてお弁当タイム。
息子と夫と3人で食べる。 ←娘は友達と食べるので
手をかけたおかずがないにもかかわらず、おいしいと言ってくれるふたり。
私が小学生の頃は、子どもたちだけが給食だった。
運動会の日は特別のデザートがついたりして、それも楽しみだったなぁ。
でもやっぱり運動会といえば、親と一緒にお弁当がいいよね、
と思うのは、小学校時代は親が見に来てくれてたからだろうね。
午後も順調に競技が進み、
いよいよ息子の出場するリレーである。
足の遅い息子は2番走者。
チームの仲間に期待などされないばかりか、
「チームの運命はお前次第」と言われ、少々プレッシャーを感じていた息子。
先頭走者は予想以上にがんばりを見せてトップでバトンが息子に渡る。
半周したところでクラスで1・2番目に背の高い女子に抜かれた。
息子は彼女の肩までくらいしかない。
見るからに歩幅が違うので、これは仕方ないか。
昨年までの息子なら、後半くたくたになってずるずる抜かれていくのだが、
今年はなんとか2位をキープして次の子にバトンを渡す。
結局最終走者はトップでゴールしたが、インコースで抜いて前に出たため失格。
がっかりはしたけど、「息子のせいでビリ」という展開にはならず、一安心。
そして最後の競技。
毎日泥だらけになって練習していたのは、
「南中ソーラン」に組み体操をミックスさせた表現である。
5・6年生みんなおそろいの黒いTシャツに、
各自が背中に好きな漢字を一文字、大きく書いたのを着て。
わずかな練習期間で、なかなかの出来。
小学校最後の運動会にふさわしく、立派に踊っている。
来年、息子はもうここにはいないのか‥。
ちょっと、じぃんときた。
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